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2011.12.15

「震災後の社会」 加藤典洋さんインタビュー

kato 震災から9カ月が経った。しかし、あまりの事態の大きさ、深刻さにどう事態を整理して考えたらいいのか、私たちはその道筋さえ失った感がある。加藤典洋さんは『敗戦後論』などで、戦後の「ねじれ」を鋭く指摘した批評家。加藤さんは「思いまどうこと」の大切さを説いた。それは図らずも、不登校、ひきこもりと相対するときの姿勢に共通するものがあった。 ――震災から半年。いまだに、どう考えればいいのかわかりません。加藤さんはどう見ていられますか?  僕も基本的には同じです。誰でもあの震災をどう考えていいかがわからないというのが自然な反応なんじゃないでしょうか。  僕は原発・震災が起きて、ある短編小説を思い出しました。ある家族がやってきて村のはずれに住み始めます。でもしばらくするとその家が増築され、またしばらく経つと増築がくり返される。さらに増築が重なり、その間隔が短くなり、村人が不審に思い、噂するようになる。そして、ほどなく、ある日、ドーンという音とともに、屋根を突きやぶって、その家屋のなかから巨大なモンスターが姿を現すんです(笑)。  その引っ越してきた家族は、家のなかで何かを飼っていたんですね。それがモンスターに育ち、日に日に成長を続けた。それを村人の目から覆い隠すため、せっせと家を増築していたんです。アメリカの怪奇小説家であるハワード・ラヴクラフトの『ダンウィッチの怪』という短編小説。  原発事故の時に福島で起こったのは、これと同じようなことだったんじゃないでしょうか。震災と原発事故を機にその後の日本社会の全体に起こっていることも、もう少しスケールを大きくした同じことなんじゃないでしょうか。原発事故で姿を現したモンスターが原子力発電の抱えていた核の問題だったとすると、震災後、日本社会に顕在化してきた問題は、戦後の日本社会が抱えてきた政官財に学界、メディアまで含めた既得権益複合共同体、そして骨がらみになった日米関係の問題で、これが、沖縄問題、最近のTPP問題にまで及んでいます。最初は原発だけなのかと思っていたら、そうではない。日本中から山積されてきた「戦後問題」が噴き出すように姿を現し、私たち自身がこの日本の問題をいっしょに覆い隠していたんだということがわかってきました。  いずれにせよ今回の震災と原発の事故は、約150年前の明治維新(1867年)と66年前の終戦(1945年)同様に、これらに次ぐ時代のターニングポイントになるのでしょう。明治維新や終戦時のときのように、私たちは「問いの磁場」に立たされているんだと思います。問題が噴出し、さまざまな問いが立ち上がり、なにがなんだかわからない。でも、それが大事。いまの「わからない」を、問いの軸に据えて、ここに立ち止まり、いったん「言葉を失う」ことが必要なんだろうと思います。(つづきは本文にて)