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2010.10.26

不登校インタビュー「心が老けていった」

FONTE通算300号記念として、当事者インタビューを掲載する。登場していただくのは10代の不登校の女性、20代のひきこもりの方、40代で不登校経験者であり、不登校の親である伊藤書佳さんにお話をうかがった。(HPでは10代の女性のみ掲載) ――学校に行かなくなったのは、いつからですか?  中学校1年生の10月以降、学校に行ってません。 ――いじめがあったそうですね。  いじめは不登校になるずっと前からありました。けっこうハードないじめでした。というのも、クラス自体が荒れていて学級崩壊みたいになり、先生のほうが不登校になっていたぐらいですから。 ――中学校にあがってからはどうだったんでしょうか?  いじめがエスカレートしました。それまではクラス全体からいじめられていましたけど、中学校にあがってからは学年全体からいじめられるような感じでした。  一番ショックだったのは、入学式の日になかよくなった子が、いじめのウワサを聞いたからなのか、3日後には目もあわさなくなったことです。そのうち自分が歩くと人が避けていく、教室に入るだけで「なんで来るんだ」って言われる。でも、当時は「自分が悪いんだ」って思っていました。  あと部活もひどかったです。バトミントン部だったんですが、顧問の先生が体育会系で運動のできない私を本当に本当にイジメる人だったんです。その部活が毎日、夏休み中もあってきつかったです。  そのころから私はすごく疲れたときには休むことにしていたんですが、それが、先生には許せなかったんでしょう。夏休みごろから、部活中は体育館で立たされるだけになっていました。先生としては、態度が悪いとか、運動靴に名前を書かないとか、休みが多いとか、そういう理由だったみたいですが、何度謝ってもまったく許してくれない。毎日毎日、6時間も7時間もずっと立たされっ放しでした。私が立たされていたのは、担任も見ていましたが助けてくれなかったし、カウンセラーの人は「いっしょに謝りに行こう」としか言わない。ある日、何もかもがイヤになって、更衣室でもう死にたい、死にたい、死にたいって言い続けたことがありました。そうしたら部活の先生が来て、「いのちを大切にしろ」と言う。誰がそう思わせてんだって。 ◎ 「もう行かない」 と、決めた日  その後、朝礼時に気持ち悪くなって保健室で寝ていたときに、「もう学校には行かない」と。私は最近つらくなったんじゃなくて、小学校3年生からの4年間、ずっとつらかったんだって。 ――それで学校を辞めたんですね。  そのときのことをひきずっているからか、不登校をしてから何年も、身体の感覚がおかしいんです。疲れているのか、疲れていないのか、眠いのか、眠くないのか、よくわからない。それと自分は浦島太郎になっているんじゃないか、って思ったり。 ――浦島太郎?  学校に行っていた友だちのブログを読んでいるとすごく楽しそうなんです。学校に行ってる人は時間が進んでいて、自分の時間は止まっているような感覚。それなのに心の時間だけはすごいスピードですぎていく。たとえるなら、どんどん 老けていくような感じがするんです。心が疲れやすくて敏感になっている。その感じが、どんどんおばあさんになっているような感じに近いんじゃないかな、と。 ――いまはどうなんでしょうか?  心が老けていく感覚はずっと続いていたんですが、いろいろあってちょっと変わったというのもあります。一つは旅行に行ったこと。やっぱり修学旅行に行きたかったんです。もちろん学校の修学旅行に行っても同世代の人とはあわないから、イヤな思い出が残るだけでしょうけど。なので、私はネットで知り合った人たちと奈良・京都に行ってきました。  あとは東京シューレに入って、アラスカに行ったり、佐賀に行ったり、打楽器を始めたことも大きかったです。それといまは「Fonte」の子ども若者編集部で取材をすることが楽しい。いろんなことがありましたけど、自分は幸せ者なんじゃないかな、と。いまはそう思っています。 ――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)