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2011.08.22

ひきこもり名人新刊記念対談

IMG_77552  今号は、評論家・芹沢俊介さんと、ひきこもり名人・勝山実さんの「ひきこもり著者対談」を掲載する。評論家と当事者、立場はちがえども長きに渡って「ひきこもり」と向き合ってきたたお二人に、おたがいの著書の感想を踏まえながら、お話いただいた。 ――芹沢さんは野球がお好きなんですね。 芹沢俊介(以下・芹沢) いやー、僕は野球少年で。東映フライヤーズが好きだったんですよ。 勝山実(以下・勝山) 奇遇ですね。私も阪急ブレーブスが好きなんです。 (新庄がつくった北海道ファイターズ、ダルビッシュの喫煙、今はなき駒沢球場、江夏はブルペンで寝ていたなどパ・リーグ談義が続く……) ――ああ(笑)、この話は一生終わらないので本題にいきましょう。ひきこもりにとって必要な支援とは何か、この点についてお二方の考え方聞かせてください? 芹沢 一般的に言われるひきこもり支援は斎藤環氏を中心とした、社会的ひきこもり観に則したバイアスがかかっているように思います。ですから支援する一人ひとりの顔はちがっても発想はいっしょ。「無力なひきこもりを何とかしよう」という発想以外のものがなく、支援が必要なのかという問いもない。  しかし、存在論的ひきこもり観にたって、ひきこもりは誰もが日常的にあることだと考えれば、「支援はいらない」と考えるのが自然です。ただ、当事者が求めている支援もいらないということではありません。当事者が求めることがあれば、まずはそれを軸に考え、そのうえで、ひきこもりを「復路」「滞在期」「帰路」と分けて考え、それぞれに適した支援を探していくしかないと思っています。 勝山 当事者である私からすれば、直接支援こそ必要だと思っています。とくに生活のためのお金。ひきこもりの当事者はブックオフに行くバス代すらない。高齢者や障がい者が持っている、福祉パスのようなものをひきこもりにも配布して欲しい。パス券があればバスに乗れます。昼間のバスなんて年寄りと空気しか運んでませんからね(笑)。もし万が一、「ただでさえ混んでいるバスにひきこもりが乗ったら迷惑だ」と考えている人がいるなら、私が言いましょう。「ひきこもりはラッシュ時にバスになんか乗らない」と。  こういう直接支援がいいです。本当はベーシック・インカムのような無条件で誰にでもお金を出す仕組みがいいのですが、そう言うとみなさん怒り狂うでしょ(笑)。昨年7月、内閣府がひきこもりの実態調査を発表しました。この実態調査によれば「どんな相談機関がほしいですか?」という質問(複数回答可)に対し、3人に2人が「相談はしたくな い」と答えています。これがもう答えですよ。相談なんていいから、とりあえずブックオフに行くぐらいのバス賃がほしいんだってね。 芹沢 ひきこもり支援は、大げさに言えば産業の場になっているような気がします。「引き出し屋ビジネス」とでもいえばいいのか、本当に支援になっているのか疑問なところもあります。むしろ「これは支援になっているのだろうか」という大切な問いが抜け落ちてしまっているような気がします。 ――芹沢さんの著書『「存在論的ひきこもり」論』を読んでとくに気になったところは? 勝山 「否定的『支援』の身勝手さ」という章のなかで長田塾について書いてあって、これが素晴らしい。スタンディングオベーションです。でも、芹沢さんもめんどうくさいでしょう。ふつうなら「死ねばいい」の一言で終わっちゃうじゃないですか。 芹沢 まあ、罵倒するのはかんたんですけど、遠吠えで終わっちゃいますからね。だから、きちんとした言葉を残しておかないと、とは思いました。それと自分のなかに「ひきこもろうとする要素」は必ずある。僕にもあるんです。その要素が「これは許せない」という反応するんです。自分がひきこもったときに、自分がこういうところに行った場合、リンチされて殺されるんじゃないか、と。長田塾から逃げた少年みたいに、やくざのおじさんが助けて、弁護士の多田元さんに助けてくれた、そういう奇跡みたいなことが起きなければ助からない。僕のひきこもろうとする自分が反応する。そこで書こうとした。モーレツな怒りはありましたが、使命感ではなくて論理づけていった結果です。  そしてけっして長田百合子は少数者じゃなくてむしろ多数者なんです。不登校・ひきこもりを悪とする、実践家です。ここにきちっとした言葉を与えとかないと、自分のなかのひきこもる自分が納得はいかないんです。 勝山 芹沢さんにとって他人事じゃないんですね。 芹沢 うちの末の息子が、不登校からひきこもり、いま30歳で哲学をやってます。当人はひきこもりだって言ってますが、僕は「いいじゃん、ゆっくりやりなよ」と思ってます。息子は自分のいわば分身だし、息子は自分のある部分を具体化しているわけです。それなのに長田塾裁判が起きて僕が戦えなかったら話にならないぞって。 勝山 手に取るようにわかりますね、息子さんのこと。完全に「我々」ですね。どこにでもひきこもり体質はいるんですよ。そこを社会に取り込む仕組みがないです。ただ切って捨てるだけで。不景気だし、人が足りてるからでしょうかねえ。 ――勝山さんの著書本『安心ひきこもりライフ』を読んでおもしろかったところは? 芹沢 勝山さんという一個の個性が書いた本ですね。一個の個性がたまたまひきこもった。必然があってひきこもった、それをどう自分が引き受けていったのか、そういう手続きをやったんだなって思うんです。勝山さんのひきこもりカレンダーから10年。ひきこもりの成熟を感じましたね。ああ、やっぱり、ただひきこもるというのはないんだと。成熟していく、自分との対話をとっても大事にしてきたんだなって。読んでいて、笑いがこみあげてくるというか、うれしいですね。  うまく自分を対象化して、茶化しながら、でも、しっかりと成熟してきている姿が見えて、これは見事なもんだだなって。とっても読ませるものです。きっと僕も言いたいことだったなって思うんです、半人前宣言とか。でも、それは当事者が言ったほうがいいこと。基本的に、怠けて何が悪い、仕事からどこまで遠ざかれるか、自己が評価され、位置づけられていく、それは勘弁してよ、っていう訴え。そこにとても素直に従いながら生きていった。ある意味で正解だったな、と。社会的ひきこもりの枠組みから格闘して離脱していく。その格闘中には勝山さんも身体症状が出ていた。でも、そこからとても自由になって、うまく自分自身を引き受けてきたなっていう印象があります。言わば、僕にとっての『「存在論的ひきこもり」論』の実証編というかね。そういう見方をしたくなりますね。 勝山 ありがたいです。 芹沢 僕がものを書き始めたとき、同人誌をやっていたんですが、そこそこ、いい書き手だなと思う人が書かなくなっていくんですよ。それは就職して、給料がよくなって、それだけでよくなっちゃう。それなりに書けない理由がいっぱいあたのだけど、本当の理由は、給料がよくなり地位があがり、そこがもたらす満足感からだと思うんです。僕もそれを否定するつもりはなくて「無理もないよな」って思う。ある意味で賃労働の魔力があるなって。  表現にとって大切な自分の存在よりも、賃労働、対価のほうが上になってしまう。それを見ていて僕は意図的に踏ん張らなければ負けていくな、と思ったんです。踏ん張らなければ最後の最後まで負けていく。就活でがんばればがんばるほど、自分を忘れまうように。 勝山 自分の問題ですよ。安定した生活と引きかえに書こうとする気持ちが負けていく。ひきこもっていると、アウトプットがないから、ブログに書くしかない。結果的に本一冊分の量になるんです。だから、友だちがいないのは大事ですね。 芹沢 吉本隆明さんが「関係の貧困」という言葉を使って、モノを書くのはそれが前提なんだと。人と付き合うなかで、仕事をもらって、結婚して、関係が豊かになると書く必要がなくなってしまう。そうか、って思いましたね。そのときに「おれは向いてるかも」と思ったんです。友だちになったけれど、友だちが持続できない。どうも無理。 勝山 完全に同じにおいがしますね(笑) 芹沢 そうかも(笑)。あっ おれも書いてけるなって。友だちが豊かだと書かないですね。 ――生きるために孤独が必要だ、と芹沢さんは指摘しています。勝山さんも「生きるための孤独」を実感することは? 勝山 勝手になっちゃうんです。つねにちやほやされているから山にこもるんじゃなくて、ふつうに暮らしていると自然と一人になっちゃう。だから一年に一回でもメンテナンスしないと、年賀状とかでね。 芹沢 僕はあれは、書かないのか、書けないのか、境目がないな。ちょっといやらしいなって。「年賀状ってなんだよ」って思いがありながら、じくじたる思いで年賀状を書いているんです。 勝山 あれは「我々」のためのグッズですよ。薄く細い縁を切らないために送るんです。毎年、年賀状は出してますよ、2枚(笑)。一度、関係がきれちゃってますからね(笑)。 ――子どもが学校に行かなくなったばっかりの人へ、そういう親の人に一言。 勝山 まず「Fonte」をよく読んで、親の会に顔を出しつつ、親が落ち着くことがまず大事なのです。他人事じゃないぞ、同じ経験をしたぞ、という人に接することによって、安心できるきっかけをつかんでもらいたいですね。購読料は高いですからね、活用してモトを取ってほしいです。 芹沢 ひきこもるには理由があるんだと思います。理由がない場合はない。本人が気づいてないか、まわりが気づいていないか、でも、ある。その理由を大事にしていく。  社会的な場面で傷ついた自分と同対話するか。一見、いつ終わるかわからない。それは本人にもそうです。その対話がものすごく重要です。それが成熟へ向かい、安心してひきこもれる状況をつくっていく。子どもさん自身のテーマであり、それを支える親のテーマですよね。そこができれば、そのなかで勝山さんのようになっていくのも一つの道ですよね。 ――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)