最新号トピックス

2009.07.15

インタビュー「生きづらさの、その先へ」

 今回、インタビューをしたのは小中高といじめに苦しんだHN暗器使いさん。「この数年、生きづらさから少し楽になった」と話しており、その経緯を、うかがった。また、HN暗器使いさん7月25日に新宿のロフトプラスワンにて、トークイベント「『本音で語ろう!生きやすさって何??』」を企画している。 ――長い期間、いじめを受けていたと聞きましたが。  そうですね。小中高校時代はずっと拷問のようないじめを受け続けてきました。友だちもいなかったし、誰一人として手を差し伸べてくれない、という状況でした。高校卒業後は、すぐに働きだしたんですが、やはり人間関係は緊張しっぱなしで、生きづらさをずっと抱えています。  そういう経緯から、いじめ被害、犯罪被害をなくしたい、と思い、イベントを企画したり、いろんな活動をしています。それは自分の生きづらさの根っこに「いじめ」があるということと、「いじめ」が軽く扱われてしまっていると感じているからです。僕の場合、いじめと言っても、実際にやられたことは殺されるような状況もあったし、レイプや性暴力もありました。率直に言えば、いじめた人に対しても、いじめを受けなかった人に対しても、憎いという気持ちが僕にはあります。そんなにかんたんに受けた傷がなくなるわけがないですからね。  ただ、「憎い」と言うと、すごく警戒されたり、気持ち悪がられてしまい、本心とは全然ちがうかたちで受けとめられしまうんです。 ◎ 憎しみを手放したい ――本心とはちがうかたちというと?  かんたんに言うと、僕は、ただ楽しく話したり遊んだり、笑って仲よくできる関係を望んでいます。そうしたい、そうしたいと思いながら憎しみがある、という狭間で葛藤しながら生きてきました。  そのことを率直に話すと、「憎しみは悪くない」とか「憎しみがあるなんてステキ」とか極端な反応が返ってきてしまうんです。むしろ、僕は憎しみを手放したいし、いつまでもモヤモヤしたり、憎しみに執着はしたくはないんです。だから、憎しみを肯定する人が近寄ってくると、正直、怖いです。  その一方で、憎しみを持つことを極端に同情したり、一方的に否定する人にも多く会いました。「人を憎んでもしょうがないよ」とか、「生きてさえいればかならず幸せになれる」とか、なかには僕の話を聞いて「あなたがいつまでも変わらず、がっかりしました」と言って縁を切ってきた人もいます。頭ごなしに否定されたり、正論を振りかざされるだけの関係は、ひたすらに困りました。  結局、自分のこと、率直な気持ちは話しちゃいけないのかな、と。ホントにがっかりしたし、話せば話すほど、人間関係が失われていく感もありました。でも、きっとすなおに、本音で話し合うことは悪くない、と思うんです。伝え方を工夫をする必要はありますが、生きづらさを手放せるように、少しでも楽に生きられるようになるために、やっぱり、本音で話し合うしかないんではないか、と思っています。 ――親との関係はどうなんでしょうか?  困ってないです。親との関係をよく聞かれるんですが、とくに母親との関係はずっとよかったです。多少、説明を加えると、僕の兄は重度の障害があり、母親はそちらに時間をとられる一方で、私に対して期待をしていた、という状況がありました。実際に高校卒業後から働いたのも、いまの仕事を辞められないのも、家にお金を入れる必要があったからですし、それがふつうだと思っていました。そのことには、とくになんのこだわりもありません。たしかに高校生ぐらいまではしんどさもあって、自分のことを親に理解してほしいという思いはありましたが、年齢があがるにつれ、自然と親のことからは気持ちが切り離せるようになりました。  しかし「人間関係のことで悩んでいる」と話すと、かならず親のことは聞かれますね。いまのところ、僕に「親との関係で悩んでいるのでは?」と聞く人は、かならず、その人が親との関係で悩んでいるんですね。どこで気持ちが楽になるかは、人によると思います。親との関係が解きほぐされることで楽になる人もいるので、一概には言えませんが、僕の場合は、別のところで、少し生きづらさから解放されました。 ――具体的には?  この1、2年の話なんですが、やっぱり人間関係です。僕はいままで自分のことで精いっぱいだったから気付かなかったんですが、自分にとって大切な人たちと出会えて、その人たちが優しく接してくれました。それはすごく嬉しい存在だし、大切にしていきたいと思っています。  僕は16歳からずっと泣けなかったんです。どんなに感情が高ぶっても涙が出ない。ただあくびをすれば涙は出るので、精神的なものだと思います。おそらく、いじめによって、もう自分には希望がないという気持ちと人間に対するあきらめの気持ちが強くなったからだと思うんです。  それが、信頼してくれる人に出会えて「自分はこのままでいいんだ」っていうことを、関係のなかで感じられました。これまで善意的な人が「キミはこのままでいい」とか「ありのままでいい」とかは言ってきました。でも、言葉じゃないんです、必要だったのは。いっしょにいて楽しかったり、ずっといっしょにいて安心できる関係を実感するなかで、自然と自分の苦しさ、しんどさが、すこしずつ解放されていきました。  いじめも含めて人間関係で苦しまされてきましたが、やっぱり希望は人間関係のなかにあるんだな、と。いまはそう思っています。 ◎ いまだから 考えられること ――すごく共感できる話ですね。  僕は絶対にすべての生きづらさを抱えた人が、それを手放したり、距離を置く希望があるはずだと思うんです。僕は小中高とホントに一人も友だちがいなくて、ずーっといじめられて、その後も、いろんなところに交流を求めてきましたが、全然ダメでした。いま、やっと落ち着いて「ああ、自分にも落ち着く時期が来るんだ」と。もちろん、けっしてみなさんより、「僕のほうがしんどい」みたいな、深刻さ比べをしたいわけではありません。僕はいじめが生きづらさのもとになっていますが、人によっては、不登校だったり、ひきこもりだったり、性被害だったり、親子関係だったり、いろんなきっかけがあると思います。でも、誰にだって楽になる道があるはずだと思うんです。けっしてそれを押しつける気はないんですが、僕はいま自分が好きです。人生が楽しくなってきたし、いままで緊張してきたものが、ほぐれてきました。だからこそ、今この時期に、過去のこと、生きづらさの根本を探りながら、生きやすさへの道を考えたいと思っています。 ――現在、イベント「本音で語ろう 生きやすさってなに?」を企画されていますね。  この企画は、いま話したことと、とても関係しているんです。イベントの目的は大きく言って二つ。一つは「本音で語り合うこと」、もう一つは「生きる希望を考えること」です。  生きづらさは、もうさまざまな分野で共有されていることですが、前向きに「生きやすさ」を考えていきたい、と。そのためには、上辺だけの正論や理屈を持ち込まずに、自分の本音を徹底的に話せる場をつくりたいと思っています。  イベントには『生きさせろ』『プレカリアート』を書かれた作家・雨宮処凛さん。反貧困運動の仕掛け人の一人ですね。それに心身障害者のパフォーマンス集団「こわれ者の祭典」代表の月乃光司さん、ひきこもり経験者の市野善也さんなどに登場してもらいます。ホントにみなさんすばらしい方々なので、ぜひ、足を運んでいただければと思っています。 ――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂) ■イベント詳細 ●開催日時 2009年7月25日(土) 開場12時30分 /開演13時00分~終演16時30分予定 ●会場 新宿ロフトプラスワン (JR新宿駅東口から徒歩7分) ●料金 1,500円(飲食別) ●出演者 暗器使い(当イベント主催者)、雨宮処凛(作家)、月乃光司(作家、こわれ者の祭典代表)、アイコ(こわれ者の祭典メンバー)市野善也(「ひきこもりの社会理論」著者、当イベント司会者)、タダフジカ(ギタリスト) ●連絡先 ksk.codeisnotpoetry@gmail.com