最新号トピックス

2011.06.15

被災地・不登校の子はいま

3・11からはやいもので3カ月がすぎた。一時期は体育館に避難者がひしめき、ガソリンや食料品が不足していた。今は避難者も2次避難所のホテル旅館などへ落ちつき、まもなく仮設住宅への入居もはじまろうとしてる。福島県では、原発事故後の放射能被害があまりに静かに、混乱した情報のなかで、行政が「警戒」を発することもなくすすんでいることに、個人的にはいらだちを感じている。  不登校の子どもはこの状況をどのように受けとめているのだろう? じつは方丈舎へ通う子どもを見ていると非常に楽しそうである。震災後、多くのボランティアが(常時15名程度)被災した子どもの支援活動に来るようになり、彼らは大きな刺激を受けている。またボランティアに来る社会人の多くが、写真家やフリーター、職業を一時辞めた人であることもかなり刺激的な要素である。  つまり、「ちゃんとしている人」よりも、「一見ちゃんとしない人」のほうがボランティア活動をしている。自分の思いを自己満足かもしれないが被災者の思いに重ねようと努力している。  「自分のふわふわした何かしたいと思った」感情を持った大人が、不登校の子どもとフリースクールで出会い、被災者を支援している。ふだん、「なんだこの団体は」と、いぶかしがられたわれわれが、被災地を写真におさめる活動では文科省や大学とも組んで、活動を始めようとしている。  被災を通じて多くの人や組織、資金が私たちのほうへ歩みだして、居ながらにしてさまざまな方との貴重な出会いをさせていただいていることに驚いてもいる。念願の通学定期問題も震災後、驚くほどのスピードで解決した。子どもたちも自分たちはあまり変わらないのに、まわりの変わりように戸惑っている。  被災者は一瞬にしてホームレス、失業者という経験をしている。人は誰しも急に状況が変わることもあるということを、不登校の子どもと学んでいる。だから、自分や周りを信じてゆっくり歩むことが大事であるということも同時に学んでいる。気持ち悪いほどの「がんばろうコール」がおきるなか、子どもたちは意外と冷静でもある。  支援者のなかには、この期に「不登校の子どもにも何か変化がおきるかしら」という期待を持つ人も。もちろん、地殻の変動のようにゆっくりと何かが変わってきていることは確実である。しかし、私は、それが具体的に見えるのはもっと先のことだ、と感じている。  ただ言えるのは、被災者の方には「迷い上手になってください」ということかもしれない。不登校の子どもは学校に行かない時から多くの困難にさらされてきた。被災者の方も、今は周りも関心を持ってくれるかもしれないが、いずれ人の気持ちは色あせてゆく時が来て「まだ自立しないの?」とか「いつまで甘えているの?」「いい年なのに働きなさいよ」という「がんばらない人向け」の心ない言葉に出会い、絶望する時もあるかもしれない。  しかし、不登校の子どもたちの多くは、このような言葉にはすでに出会っており、いかに人の善意が気まぐれであるかも知っている。このような言葉に左右されるのではなく、迷っていることに罪悪感を持たずに、いい経験をできるか、が被災した人生を楽しむ一つのカギであると思っている。  学校に行かない子どもたちは、もともと迷っているのでさほど動じない。被災した方、ボランティアの方、両者とも「迷い人」になっている人だと思う。自分を責めずに楽しく迷う。不登校の子どもの経験からこんなことが言えるのかと思っている。 福島県・寺子屋方丈舎・江川和弥