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2010.06.04

菅直人代表 インタビュー

菅直人代表 民主党の代表選挙が行われ、291対129票で菅直人議員が選ばれ首相になることが確実となった。2001年9月1日号にて不登校新聞社では、菅直人議員に政治家として、不登校の子を持つ親としての意見をうかがった。

◎子どもが教育を選択できるようにするべき

――今回の参議院議員選挙(2001年当時)についてどう思われていますか? 小泉純一郎さんの大変な人気が大きく影響し、民主党は現有議席が4議席増えたが、野党全体としては、厳しい選挙だった。とくに比例区選挙では全国に個人の名前を覚えてもらわなければいけない。知名度があったり、一部の大きな運動団体や組織の支えを持ったりした候補者が有利になってしまった。NPOや市民運動から出た候補者は、運動の影響力は持っていても、議席としては現れなかった。ただ、民主党と自民党という2大政党の傾向がより強まり、民主党自身の存在意味は国民のみなさんに認知してもらったのではと思う。 ――現在の教育政策についてどうお考えですか? 教育改革3法など、現在の教育政策は、本当に問題解決になるのだろうかと疑問に感じている。本来ならば教育のあり方は人間の生き方に議論が結びつくはず。しかし、現在は制度をどう変えるか、という制度についての議論しか行われていない。この20年あまり、制度を変えただけでは期待したような結果が生まれなかった。制度に依存した考え方では、なかなか本質的なところは変わらない。 何かが抜け落ちている。何が抜け落ちているのかと聞かれたら、一概には言えないが、教育政策も学校という制度に依存しすぎている。 昨年、森喜朗首相(当時)と「義務教育」について議論をした(※メモ参照)。森さんは義務教育とは「親が子どもを学校に行かせる義務だ」と答えた。しかし、憲法26条では「学校」という表記が一つもない。つまり、義務教育とは子どもたちが教育を受けられる環境をつくるということ。教育という言葉と学校はちがう。学校は明治にすべての子どもたちが教育を受けられる制度として生まれ、社会的にもある意味ではマッチしていた。しかし、いまでは教育を広げるために生まれた学校が、教育を学校の中だけに閉じこめ、ある意味、学校の教師が教育を独占してしまった。そこに行きづまりの構造があると考えている。 ――菅さんは教育をどう変えていけばいいと思いますか? 自分自身への反省も含めて言いますが、戦後の社会は高度成長の中で、個人の利益ばかりを求めてきた。一概にそれが悪かったわけではない。戦前のような国家主義に走ることもなく、努力すれば、いい暮らしができるようになった。しかし、そのために親も子も、単純に言えば、目先の物と金だけをたくさんもらうために、教育を受けるようになってしまった。戦後の学校制度はある時期まではうまく機能したが、どこかで飽和状態になった。そして、いろいろなものが行きづまっていった。 子どもの側からも社会の行きづまりが見えてきた。親を見ていても、物を買うために、がんばっているけど、物の価値はそれ以上でも以下でもない。目標自体に価値を感じなくなり、自分は何のために生きているのか、という目標も見失われていった。 たとえば、この地球を親から子へ、さらには孫へ引き継いでいく、その責任を私たちは持っている。そういった普遍的な価値観があれば、いろいろなものが共有化できると思う。教育というものは、個別のものではあるけれど、普遍的な価値を求めて、行わなければいけない。

◎私は二人の不登校の子の親

――不登校に対してどうお考えですか? 私には二人の子どもがいるのですが、二人とも途中で学校に行かなくなった。一人目の子どもが、不登校になったときは大変でしたよ。子どもから理由を聞いても理解できない。母親も若干パニックになる。学校に行っても、先生から「行かない子どもが悪い、行かせない親がおかしい」という具合に対応される。僕も「すいません」と謝っていた。 でも、なんでだろう、と思いはじめた。自分なりに悩みながら「学校に子どもを行かせることが親の義務だと思わされている」と気づいた。そして、必ずしも学校が唯一の教育の場ではない。学校を絶対視することはない、と思った。 いまの学校制度は社会に必ずしもマッチしなくなり、うまく機能しなくなった。さらに社会のひずみが学校の中でも現れている。それにもかかわらず、子どもや親たちのほうが、学校側に合わせるべきだ、と言われている。現在の学校復帰を前提とした不登校政策も、学校だけを改善する教育政策も、根本から発想を変えないといけない。 ――いまの教育システムに何が必要なのでしょうか? 子どもがもう少し広がった選択をできるような環境が必要。一本道のシステムに子どもを合わせるのではなく、大人は子どものいろいろな可能性に対して、アドバイスをすることが必要で、選択自体は子どもが決める。子どもに選択肢、自己決定権を持たせることによって、子どもの社会のあり方も広がっていく。 問題は選択できる力をいかに身につけられるか、です。いじめを見ても分かるとおり、いまの子どもの社会は個性や自分の意見を出せる環境にはない。その状況から急に自由な選択をしてもいい、と言われても、自由な選択がなかなかできない。しかし、選択できる方向に進めていかないと、不登校で苦しむ本質的な問題は解決できない。 ――今後、どのような展望を持たれていますか? 現在、民主党では議論をしている。極端な例を挙げると、義務教育を全部予備校方式にしてしまう。義務教育だって、お金がかかっているので、そのお金をクーポン券にして渡す。子どもがクーポン券で公立の学校でも、フリースクールでも、チャータースクールでも、どこにでも行けるように、教育を選べるようにする。そして、子どもが行くところに相応の学校予算が付く。単純にすべてを予備校方式にしよう、とまでは言えない。しかし、教育の当事者である子どもが選べる教育にする必要がある。そうなると、先生は選ばれる存在になる。一般のマーケットとは意味がちがうけれど、選択できる自由度があっていいと思う。 ――9月は不登校が多く出るときなので、親にひと言 早く親があきらめて、学校に行かないのも子どもの生き方の一つだと受け入れることだと思います。親が何とか学校に戻そうと思うと大変ですよ。私自身の経験からの教訓です。不登校を悪いことだと親が思い、本人までが思ってしまうと、非常にきつい。親があきらめることが大切だと思います。 ――お忙しいところ、ありがとうございました(聞き手・奥地圭子) ※2001年9月1日 Fonte掲載 ■プロフィール (かん・なおと) 1946年10月10日山口県宇部市生まれ。都立小山台高校卒。東京工業大学理学部応用物理学科卒1996年に厚生大臣に就任。2000年には民主党幹事長に就任。衆議院議員であり、弁理士。