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2014.04.21

不登校の母 「児童精神科医・渡辺位の言葉」をつづる

3menwatanabe384  1941年、アメリカのジョンソンが不登校を「学校恐怖症」と名づけた。その後、現在に至るまで「個人病理としての不登校」は根深く認知されることになる。日本で不登校がにわかに問題になり始めた1970年代、すでに児童精神科医として、いち早く「不登校は個人病理ではなく、子どもの防 衛反応だ」と訴えたのが渡辺位氏だった。2009年に渡辺位氏は永眠。この4月から渡辺位氏が亡くなる直前まで関わっていた自助グループ「親ゼミ」の受講生らが『不登校新聞』で連載を開始する。テーマは「渡辺さんの言葉は、どのように息づいたのか」。執筆者の母親らは「不登校を表面の現象ではなく、奥底から理解するために執筆したい」と語っている。 連載1回目はこちら