最新号トピックス

2010.06.14

最終回 小西剛史「隣る人」

 今回で最後になります。言いたいことだけ言わせていただいたような感じでしたが、光の子どもの家のようすを少しでも感じとっていただけたなら幸いです。  こちらに書かせていただくことになったとき、正直、何を書けばいいのだろうかと悩みました。子どもとの関わりをダラダラ書いてもおもしろくないだろうし、一般的な養育論を書いたらもっとおもしろくないだろうしと。ただ書かせていただくにつれ、内容はどうあれ日本の全児童数の0・2%以下である親と離れて児童養護施設で暮らさなければならない子どもたちのことを、少しでも知っていただければそれでいいかなという感じになりました。  99・8%以上と言えば、ほとんどすべてを意味すると思いますが、施設にいる子どもたちはその忘れ去られそうな残りの0・2%以下なのです。事務的な手続きなどにおいて行政の方々からさえもその存在がないものかのような対応を受けるときがあります。私自身、施設で暮らす子どもたちのことなど漠然としか知らないまま大人になりました。『かわいそうな子ども』と他人事のように思っていたのも事実です、ここに来るまでは。  そんな何不自由なく育った自分が子どもたちに何かできないか、これまで自身が得てきた幸せを残りの人生で逆に与えることはできないだろうか、そんなことを考えるようになったのが25歳の秋でした。教員を目指して大学へ通ったものの、充実感を覚えられず『自分の進むべき道は教育ではなく養育ではないか』などとおぼろげに思いながらもダラダラとアルバイト生活を続け、時間があったら土手に座って人生を考えるような暗い日々を送っていました。  「自分は何のために生まれてきたのか、人は何のために生きるべきか」ということを考えていくうちにわけが分からなくなり「もう死んでしまおうか」という結論にまでおちいった結果「どうせ死ぬなら死ぬ前に死ぬ気で何かやってみよう、そのうえでもう一度考えよう」というのが人生の第二章の始まりでした。そしていま、人のため子どもたちのために残りの人生を捧げようとスタートしたはずの第二章は、逆に子どもたちのエネルギーや仲間に支えられてすごしている状態です。自己犠牲のつもりが自己満足におちいりがちな揺るぎやすい信念。たがいが幸せな人生を送ることができれば最良だ、という考えにしかまだいたらない未熟者を今後もよろしくお願いします。ありがとうございました。(了) ※2010年6月1日 Fonte掲載