最新号トピックス

2009.09.28

第11回 向谷地生良「日々発見」

◎べてる式の子離れ・親離れ

 2回続けて「親離れ」「子離れ」について書いてきました。親がつらいのは、子どもが親離れできない原因を「甘やかし」だと思っているからではないでしょうか。私は「親離れのしにくさ」をかかえた子どもを自立させようと親、とくに母親が一生懸命に関わる結果として必要以上に干渉的になり、がんじがらめの「共依存的親子関係」が生じるのだと思っています。共依存が、親が自分の問題に向き合うよりも、子どもの問題に熱中し起きてくるさまざまなアクシデントの尻拭いに奔走する状態から抜け出せないありさまを説明した言葉だとしたら、それは結果であって「共依存」の結果、「親離れ」「子離れ」の問題が起きているのではないと私は考えています。つまり、生物としての人間として生き抜くために身につけている母子一体の関係(共生的親子関係)が、どういうわけか、終わりなく続く状態ということができます。前々回にも紹介したように、少なくとも子どもにとっては、「親離れ」は人間としての「死」を意味します。けっして、精神的な寂しさや生活上の利便性ではないのです。なぜ、そのような状態が起きるのかはわかりません。ただ言えることは「親離れ」をするということは、親以外の人とのつながりを見出し、そこで具体的に生きられる実感の積み重ねが必要だと言うことです。ここで紹介した「35年間、母親と2メートル以上離れて暮らしたことがない」という青年の場合も、自立したいという思いと、共生が断ち切られることの不安の狭間で、トラブルが頻発し、精神科病院に入院させられ、電気ショックと膨大な量の抗精神薬を服用することを余儀なくされてきました。服薬を減らし、自活に挑戦する中で起きるさまざまなアクシデントにスタッフや仲間が根気強く付き合うなかで、彼ははじめて親以外の人間との出会いを深めていきます。周囲も、どんな失敗をしても「人と問題をわける」という原則を貫き、本人を大人扱いし、当事者自身が仲間の力を借りながら、問題を解決していくプロセスを粘り強く支援する中で、彼は自分のコントロール感を取り戻していきました。その過程は、まさしく「子育て」に近いものだったような気がします。  その彼が、先日、仲間と私の自宅に遊びに来て夕食を共にしました。その時、彼が突然ニコニコしながら「人間っていいね! 人間と居るとおもしろいね! 僕やっと人間と会っているような気がする!」と言った言葉が忘れられません。 プロフィール……(むかいやち・いくよし)。ソーシャルワーカー。84年に精神障がいを経験した当事者らともに社会福祉法人「浦河べてるの家」を、北海道浦河町に設立。著書に『安心して絶望できる人生』(NHK出版)など。 ※2008年9月15日、Fonte掲載