最新号トピックス

2009.09.07

第8回 向谷地生良「日々発見」

◎自己病名をつけるのは…

 べてるの家の活動の特徴は、病気や障害を持ちながら生活する営みのなかに、新たな発想や言葉を生み出してきたことがあります。「リカバリー」や「エンパワメント」に代表されるように精神保健福祉分野の領域で使われる言葉の大半が、アメリカから輸入された言葉で埋め尽くされるなかで、私たちは、手垢の付いた自らの生活の実感のなかから、それを物語る言葉を生み出し、生きることの意味づけをしてきたように思います。それを、私たちはべてるの家の活動理念として「言葉化」してきました。「安心してサボれる会社づくり」「三度の飯よりミーティング」「降りてゆく人生」など、それらの言葉一つひとつに物語があり、葛藤があり、それを生み出した人と人とのつながりの歴史があります。  その理念の一つに「自分でつけよう自分の病名」というものがあります。精神科の病名は、もちろん精神科医が診断して付けるのですが、とくに統合失調症の場合は、多くが知らされないのが一般的でした。それは、統合失調症の特徴の一つとしてあげられる「病識のなさ――私は“持ちにくさ”だと考えている」と、治療関係や本人の社会的な立場を考えて「神経衰弱」などとお茶を濁すという仕方であいまいにしてきた歴史があります。それには、統合失調症をはじめとした精神障害の語られ方があるように思います。  べてるの家の歩みの特徴に、その活動を担う一人ひとりの当事者の「顔」が見えるということがあります。とくに自称「統合失調症お笑い型」の松本寛さんの“デビュー”は周囲を圧倒しました。もう、15年も前になりますが、救急車で運ばれてきた彼が最初に発した言葉が「やっと病気になれました!」でした。おもしろい奴が入院してきたということで、主治医の川村先生の講演について歩くようになり、最初に発したメッセージが「精神分裂病は友だちができる病気です」で、会場を沸かせました。多くの人たちが、語ることも忌まわしいと考えていた統合失調症を彼は「友だちができる病気」と言い放つことで浦河に新しい風を吹き入れました。以来、浦河では統合失調症は、一種のブランド化し、新しい出会いと可能性を育み、私たちに「生き方の指針」をもたらすものとして語られるようになりました。自己病名も、その延長上から生まれた発想です。「病名」というものを、不幸や困難の象徴として与えられるのではなく、自らの生きてきた証として、社会に向かって前向きに「語り返す」営みが「自己病名」という発想にはあります。ですから、浦河では誰一つとして同じ「自己病名」はありません。そこでは、爆発は、病むにやまれぬ「自分を助ける方法」の一つとなり、妄想は「自分を守るオブラート」で、幻聴は希薄な人との繋がりを補う「助っ人」になるのです。そして、そのように語り直された言葉によって、病の経験は、新しい可能性を持った有用な体験として用いられていくのです。 プロフィール……(むかいやち・いくよし)。ソーシャルワーカー。84年に精神障がいを経験した当事者らともに社会福祉法人「浦河べてるの家」を、北海道浦河町に設立。著書に『安心して絶望できる人生』(NHK出版)など。 ※2008年8月1日、Fonte掲載