最新号トピックス

2009.08.31

第7回 向谷地生良「日々発見」

◎病気も苦労も、わかち合うもの

 「当事者研究」にとり組んでいるMくんから携帯に電話が入りました。  「向谷地さん! 新しい技を見つけたよ!」Mくんは、この欄でも何度か紹介している統合失調症をかかえる青年で、人の視線が怖く、周囲の生活音が自分を責める幻聴にまみれて聞こえ、その圧迫の中でひきこもり状態の中で、ときおり暴力的になり、その結果、薬の多剤多量に陥っていた青年です。その彼が、「当事者研究」――自分のかかえる生きづらさのメカニズムや対処方法を、仲間とたがいに研究しあう活動――にとり組むことによって、思いもかけず、新しい自分の助け方を見出し、必要以上の薬に頼らない暮らし方を見出すことによってひきこもりや爆発から脱却でき、主治医も彼の回復ぶりに驚いているという逸材です。その彼が発見した新しい自分の助け方の方法とは、電車に乗っているときに、周囲の人の目線が気になったとき、手帳を取り出して起きている苦労をメモすると楽になることを発見したというのです。携帯電話のメモ機能を使って書いても有効ではないかというのです。  「相変わらず、冴えてるね。新技としてみんなに紹介するね。この技で、安心して電車に乗れるようになる人もいるかもしれないね、サンキュー!」。  このように当事者研究をすると、無為な時間が「研究活動」に変わり、ひきこもりの部屋が「研究室」になります。苦労の多さは、豊富な研究テーマへとつながり、そのぶん、仲間とつながる可能性を増すのです。周囲の役割は、その研究の出会いを支えることです。先日、そのMくんと、彼が最近足を運んでいる“地域のたまり場”におじゃまをしました。当事者研究を紹介するためです。そこは、作業所として発足して8年ほどが経過し、Mくんが通うことによって当事者研究にみんなが関心を持つようになったのです。当日は、私が進行役をし、利用者のみなさんには、小さな黒板を囲むように座っていただき、Mくんが自分の研究課題と成果を発表しました。「僕の自己病名は“統合失調症爆発型”です」そういうと、前列にいたAさんが、にっこりして「へぇ、そうなんだ、俺と同じだ」と言いました。すると、その場に、どっと笑い声が起きました。「僕は、人の目線が気になり、シャワーの音も圧迫しているように感じ、大声を張り上げていました……」。Mくんがそう言うと、Cさんが「俺もそういうときがある」と言い出し、それを聞いたDさんが「あんたもそうか、じつは自分も……」とおたがいの顔を見合わせて照れくさそうに頭をかいています。多くの人は、8年間この場に通いながら、おたがいの病気や持っている経験を分かち合うことなく過ごしてきました。しかし、Mくんの発表をきっかけに、おたがいを知ることにより、より深い絆がその場に生まれたような気がします。病気やひきこもりの経験も、一人でかかえていると、たんなる「挫折体験」ですが、分かち合うことによって有用な「人生経験」に変わることをあらためて知らされたひとときでした。 プロフィール……(むかいやち・いくよし)。ソーシャルワーカー。84年に精神障がいを経験した当事者らともに社会福祉法人「浦河べてるの家」を、北海道浦河町に設立。著書に『安心して絶望できる人生』(NHK出版)など。 ※2008年7月15日、Fonte掲載