最新号トピックス

2009.08.17

第5回 向谷地生良「日々発見」

◎自分を助ける“技”

 前回、浦河ではじまった「当事者研究」という活動を紹介しました。あらためて紹介すると、「当事者研究」とは、統合失調症など精神障害をかかえる当事者は無力ではなく、どのような行き詰まりの経験でも、その経験をたがいに持ち寄り、分かち合うことによって知恵が生まれ、一人では予想もできなかった生き方のアイデアが生まれることに着目した活動です。それは、病気の症状ばかりではなく、ひきこもりの状態や爆発などの困難を一人だけで抱え込むのではなく、それを大切な「宝」として、勇気と誇りを持って「自分は、こんな苦労をしています」という“弱さの情報公開”をすることによって、当事者のあいだに連帯が生まれ、場の中に力が生まれるという“実践知”に基づいたものです。当事者研究によって、誰もが、“自分の専門家”になり、日常の辛さや苦労は“研究テーマ”となり、一人ひとりがりっぱな“研究者”に変身します。無為な空間が、“研究室”に変貌し、べてるのメンバーは、いつも小さな研究ノートを持ち歩き、苦労が起きるたびに、メモを取り、そのメカニズムやつらさが起きたきっかけや対処法を考えて仲間の前で報告します。年に一度“楽”会発表もあり、浦河には、全国各地から当事者や関係者が集います。  統合失調症をかかえるMくんも、研究者の一人です。M君は、人前に出ると緊張感が走り、周囲の視線が「あっちへ行け!」と言っているように感じ、高校時代は不登校を経験し、卒業してからも2年ほど、まったく人との接触を断っていました。その彼が、当事者研究をはじめました。当事者研究の進め方のポイントは単純です。まず、自分のかかえる生きづらさや苦労の中から「研究テーマ」を決めて、「何がどうなっているのか」を考え、次に「どう対処してきたのか」をあきらかにし、「その対処の結果」を見きわめ、結果によっては、「では、どうすればいいのか」をあらためて考えるという作業を反復していきます。しかし、大切なのは、研究は、一人でしないことです。キーワードは「人とのつながり」です。仲間とわいわい進めるのがコツです。  そのMくんからときどき携帯に電話がかかってきます。「向谷地さん、いま、電車から降りたところです。じつは、今、札幌に来ています。今日は、買物実験で電車に乗って来ました。電車のなかでお客さんの視線が怖くて、降りたくなったんですが、もしかしたら“誤作動かも”って考えて、ストレッチのように肩をまわしたり、顔をマッサージしたら、落ち着きました。それが、うれしくて、“自分ってすごい!”と思って電話をしました……」  自分の抱える生きづらさに、まったくなすすべがなくひきこもっていた数年間が嘘のように自分の苦労に向き合いはじめたMくんは、いま、一人の研究者として、新しい苦労に挑戦をはじめている。 プロフィール……(むかいやち・いくよし)。ソーシャルワーカー。84年に精神障がいを経験した当事者らともに社会福祉法人「浦河べてるの家」を、北海道浦河町に設立。著書に『安心して絶望できる人生』(NHK出版)など。 ※2008年6月15日、Fonte掲載