最新号トピックス

2009.08.10

第4回 向谷地生良「日々発見」

◎“病い”の絆

 べてるの家では、6年前から「当事者研究」という活動がはじまっています。この活動は、さまざまな統合失調症をはじめとするさまざまな生きづらさをかかえながら地域で暮らす当事者の活動のなかから生まれた暮らし方のプログラムです。特徴は、生活に密着した苦労を「テーマ」として取り上げ、家族や支援者と連携しながら「研究」し、当事者ならではのユニークな生き方や苦労への対処法を見出して、現実の生活のなかに活かしていこうとするところにあります。この活動は、徐々に広がりをみせ、全国はもとより、おとなりの韓国でも、ソーシャルワーカーが中心になって導入しようと準備をはじめています。道内では、浦河はもちろんのこと、苫小牧市や札幌市でも定例的に当事者研究に取り組むようになりました。  先日も札幌で交流会が持たれ、40人近くの関係者が集う盛況ぶりでした。その集まりの常連で、統合失調症をかかえながら「幻聴さん依存からの脱却の研究」に取り組んでいるA子さんは、毎回、司会進行もこなすベテランです。そのA子さんが、いつになく表情が冴えず、はじまると同時に「向谷地さん、今日は、幻聴がひどいので帰らせていただきます」といって突然帰ってしまうというハプニングがありました。  彼女は、10代に統合失調症を発病し、20代後半からは幻聴にジャックされて混乱状態になり、たびたび救急車で病院に運ばれるというエピソードをくり返してきました。そんな彼女も、当事者研究に出会い「幻聴さんのメカニズムの解明」にとり組み、そこで自分が幻聴さんに依存していることがわかり、次の段階として「幻聴依存からの脱却の研究」に着手し、しだいに幻聴さんを自分でコントロールできるようになり、入院もめっきりと減りました。彼女は、子どものときから両親がうまくいっていなかったこともあり、家族のなかに居場所がなくて、お母さんもそのストレスのはけ口のようにして彼女に八つ当たりしてきたそうです。学校でもいじめられ、小学校の時から自殺願望がありました。ですから、お母さんに対するアレルギーは強烈で、入院中に手紙を読んだだけで気を失うほどでした。そのため、お母さんの「娘を病気にしたのは私だ」という罪悪感も相当なもので、何とかして回復の手助けをしたいというお母さんと、少し距離を置きたい彼女とのあいだには、いつも目に見えない葛藤が渦巻いていました。  しかし、当事者研究をはじめるとともに、お母さんもしばらく見守ることができるようになり、研究の深まりに歩調を合わせるように彼女の回復も軌道にのりました。そんな矢先の「体調不良」でした。翌日、彼女から電話がありました。  「向谷地さん、昨日はごめんなさいね。幻聴さんがひどくて居られなかったんです。じつは、最近、私が元気になったものだから、遠慮して距離を置いていたお母さんがアパートに来る回数も増えて、そうすると、昔のように”病気をやってお母さんの手を煩わせてあげたい”というスイッチが入るんです」。  それを聞いて私は感心し、思わず笑ってしまった。「“病”の絆だね、そうやって、お母さんのこころの隙間を埋めるお手伝いをして親孝行をしてきたんだね」。  ようやく、彼女は「病の絆」から自立し、「親子の絆」に向かって歩き出したのである。 プロフィール……(むかいやち・いくよし)。ソーシャルワーカー。84年に精神障がいを経験した当事者らともに社会福祉法人「浦河べてるの家」を、北海道浦河町に設立。著書に『安心して絶望できる人生』(NHK出版)など。 ※2008年6月1日、Fonte掲載