最新号トピックス

2009.07.27

第2回 向谷地生良「日々発見」

◎弱さの絆が、強さを志向する社会のうねりに

 北海道の東南、襟裳岬にほど近い太平洋岸沿いに私が住んでいる浦河町(人口1万500人)があります。私は、そこに暮らしてちょうど今年で30年が経ちます。この町で生まれた「べてるの家」は、統合失調症などを体験した若者有志と共に興した地域活動拠点で、そこから会社や社会福祉法人、NPOなどが立ち上がり、さまざまな障害を持った100名ほどの当事者が活動に参加しています。この私たちの活動を20年近くもサポートしてくれている支援者の一人に地域づくりアドバイザーの清水義晴さん(新潟市在住:えにしや屋代表)がいます。私たちが、どん底状態のときに私たちの活動に着目し「将来、浦河は精神保健のメッカと言われる時代が来ますよ」とおっしゃってくれた千里眼の持ち主です。その清水さんが5年前に出された本のタイトルが『変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから』(太郎次郎社)でした。日本の閉塞状況を打ち破る新しい実践は、日本の辺境で始まっているというのがこの本の趣旨で、「ただの人が社会を変えていく!」という目線で、全国各地のユニークな地域づくりのとり組みが紹介されています。この本の冒頭を飾ったのが「べてるの家」の実践です。  先日、その清水さんから電話がありました。「向谷地さん、映画をつくることになりました。内容は『変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから』をモチーフに、武田鉄矢が主演することになります。そこで、映画のタイトルですが、べてるの家のキャッチフレーズにある“降りてゆく生き方”にしたいと思うのですが、よろしいでしょうか……」その話をべてるのメンバーにしたら「自分は出られるの!」と出演希望が殺到しました。新潟では、出演者オーディションが開かれ、600人も集まったそうです。  北海道の中でも、過疎化がすすみ最も貧しい地域である日高にある浦河町の、そして、町の中でも、もっとも底辺に暮らす精神障害を持つ若者たちが「地域のために」をスローガンに、古い教会の片隅でともに暮らしながら、コツコツと起業をこころざし30年が経ちました。浦河の町は、さらに加速度的に地域経済が縮小し、弱体化がすすんでいます。その浦河に、過疎化に反比例をするように年間延2000人以上の見学者が足を運ぶようになりました。「勝ち組」と「負け組」という言葉で言えば、浦河は完全に「負け組」です。しかし、本当に大切なものが「負け組」と言われる地域や人々のなかにあるような気がします。清水義晴さんは、そのことを20年も前に、べてるの家がもっとも行き詰まっていたときにそれを見いだしていたのです。「人間の弱さは、神様の通り道」という言葉を聞いたことがあります。べてるの家でも、捨て去りたい、忘れてしまいたい忌まわしい自分の弱さと人の弱さが一つになったとき、本当の強さが生まれるという経験をしてきました。まさに「弱さを絆に」の体験です。その意味で「降りてゆく生き方」の映画が紡ぎ合う人と人とのつながりが、「弱さの力」ではなく、一方的な強さを志向する日本の社会を変革する静かなうねりとなるような気がしています。そして、全国各地でこの映画の自主上映の輪が広がることを願っています。※映画の詳細は、HPをご覧ください。www.nippon-p.org/mov.html プロフィール……(むかいやち・いくよし)。ソーシャルワーカー。84年に精神障がいを経験した当事者らともに社会福祉法人「浦河べてるの家」を、北海道浦河町に設立。著書に『安心して絶望できる人生』(NHK出版)など。 ※2008年4月15日、Fonte掲載