最新号トピックス

2009.07.13

最終回「男とことこ」 石原淳

最終回 もしかして

 男女差別はある意味で不思議な現象である。  矮小な染色体を持ち、それにふさわしく単純でバカな男どもに差別されるような存在に、なぜ人間として偉大で、欲が…じゃない、奥が深い女たちがなってしまったのか。  いろいろ複雑なものがあるとは思うが、大きな原因のひとつに女の『油断』というのが考えられる。  男はブタと同じで、おだてりゃ何でもする性質がある。「お願い」の一言で、男の見栄は発動し、無理なことでもやってしまう。後は「すごいわねえ」とか「やっぱり男にはかなわないわ」などと誉めそやせば一件落着どころか次の機会も保証される。ブタには餌をやる必要があるが、男には言葉をかけてやれば、それで充分だったのだ。  この状態が続いていれば平和であったのだろうが、男のバカさも進化していく。「俺たちは、ほんとにすごいんじゃないか、いや、女より男のほうが、もしかして偉いんじゃないか、力も強いしよ」という意識を持ち始め、男女の関係においても権力を握ろうとするに至ったのであろう。  これに対して女が慎重に対処していれば、どうということはなかったのだろうが、どうせ男のやることなんかカメが走るようなもんだろうとウサギをきめこんでしまったらしい。  こうして『男尊女卑』などというシステムができあがるのを許してしまったのだ。つまり、『油断』である。  いったんシステムができあがるとこれを正すのは至難のわざとなる。  差別される側の分裂が起きてくるからだ。今だって女が大同団結すれば男なんぞはひとたまりもないであろうが、他のさまざまな差別も絡んできて女の敵が女になっていたりするケースも多々あるのである。  母親が「うちの子だけはいい学校からいい会社へ」などと考えているうちは団結どころの話ではない。  足が長くなるわけでもないのだから、足の引っ張り合いをしている場合ではないだろうに。  それでも、最近は女の巻き返しが少しずつ功を奏してきているようで、『男尊女卑』から『男損女費』へと変わってきているように見える。  しかし、安心はまだ早い。死んだフリをしながら「夢よもう一度」などと考えている男もいるからだ。  男の端くれとして、私は同性諸君に訴えたい、「我々はもう解散しようではないか」と。男が解散すれば、自動的に女というカテゴリーも必要がなくなり、男女差別はなくなる。 「どうやって解散すればいいんだ?」って、そんなことまで聞くか? フツウ。(おわり) ※2005年6月15日 Fonte掲載