最新号トピックス

2009.05.11

第6回「男とことこ」 石原淳

Vol.06 言えないよ

 中3の夏、私は進学拒否を宣言した。  いろいろな要素があったと思うが、大きなものとして挙げられるのは次の3つである。  まずはモテナイこと。中学の3年間がこれでは、高校に行ってもさしたる変化はないだろうし、ストレスはさらに倍加しそうに思われたのだ。  2番目は社会の流れにウンザリしていたことだ。中1のとき私は安保条約反対の署名をクラスで集めたことがある。すぐに担任の教師が血相を変えてとんできた。中学生らしくないことだから、即刻やめるようにと言うのである。これはニュースに影響された、「ごっこ遊び」的なものだったので、集めた署名をどうするかなど考えてもおらず、やめる前に終わっていたが、教師の言うことは納得できなかった。  中3で「全国一斉学力テスト」が導入されたときは、もう少し積極的な姿勢だった。すべての子どもに順位をつけるような偏差値の基礎になる「学テ」に反対という日教組の主張に共感していた。実際に行なわれたテストで、私は抗議の意思表示として無記名で提出した。次の時間には私の机の脇に体育教師が腕組みをして突っ立っていた。体罰がハンパじゃないと恐れられていた教師である。情けないことに私はビビって名前を書いてしまった。  また、クラスの連中も入試の話で持ちきり状態になっていき、進学組と就職組を分けるなんて話まで出ていた。   こんなことが重なって、受験戦争と呼ばれるシステムが確立していく風潮を嘆かわしく感じ、「俺はオリたい」という気持ちが強くなったのである。  3番目は自分たちが高学歴であり、息子も大学に行くものと信じて疑わないような両親に対する反発があった。進路説明会が日程に上ってきた折に、「俺は高校には行かないから」と両親に宣言したのである。両親が教師に泣きついたのであろう、さまざまな教師が説得しにやってきた。  彼らのセリフは「高校ぐらい出ておかないと不利になる」、「だまされたと思って行っておけ」、「そんな悩みは高校卒業時にすることで、早すぎる」というものであった。私は「不利になるのは社会がおかしいからだろう、また、たとえ不利になったとしても、将来は世の片隅でひっそりと暮らし、ときどき山を歩ければそれでいいと思っているから大した問題じゃない、だまされるのはイヤだし、早すぎると言われても考えてしまったものはしょうがない」と反論し、黙りこむ教師を見て、説得されるどころか、ますます意志が固まっていったのである。  「モテナイ」問題を口にすることがなかったのは言うまでもないであろう。言えねえよな、ンなことは。 ※2005年4月15日 Fonte掲載