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2009.05.04

第5回「男とことこ」 石原淳

Vol.05 年下の男の子

 子どものころ、母親からマンガを読むことを禁止されていた。  母親の言では、私は今でいうレゴブロックのようなものを与えておけばいつまでも一人遊びに興じていて、育てやすい子だったようだ。そんな親孝行な息子に対してなんという仕打ちであろうか、言語道断である。  マンガを読むとバカになる、あんたのためを思ってのこと、だったらしいが、冗談ではない。当時の私にマンガを読むなと言うのは、魚に泳ぐなと言っているようなものである。母親はマンガを読んで育ったのであろうか。  とは言っても、私が禁止令を知ったのは、つい最近、姉から聞かされてのことで、そういえば家で読むことはなかったなという記憶くらいしかない。  とにかく、親がなんと思おうと、何を言おうと、ダメなものはダメなのだ。私は貸し本屋で少年向きのマンガ月刊誌とその付録(マンガが10冊くらい付いていた)のすべてを読破していた。発売日から三日間くらいは入りびたりで読みふけっていた。本来は有料なのだが、その店では中学生くらいの女の人がバイトで店番をしており、見て見ぬふりをしてくれた。それだけではない、いつも寿司の出前をとり、そのうちの二つ三つを分けてくれていた。  今でも両のマブタを閉じれば、マンガ本と握り寿司がくっきりと浮かぶ。  ただ、その人の名や顔を覚えていないのが不思議だ、女神だったのか。  弟をこき使う姉、押しつけがましく訳のわからないことを言う母親、朝から晩まで説教に明け暮れる女教師(私が小学校時代に受けた説教の時間は一流パイロットの滞空時間に匹敵する)などといった存在に囲まれて、女というのはロクなもんじゃねえと思っていた私の唯一のオアシスであり、女にも良い人がいるんだと気づかせてくれた場所でもあった。  もっとも、先方がどう考えていたのかは定かではない。「なんだあの小汚いガキは、ただでマンガを読みまくるし、こっちが食事をしようと思えばジッと寿司桶を見つめやがって、落ち着かないことこの上ない。分けてやれば礼も言わずにがつがつ食いやがるし、黙って食べてりゃ恨めしそうな目つきをする。初めにタダ読みはダメだよと言っとけばなあ、ったく!」であったかもしれない。  別な解釈もある。彼女は、そこはかとなく私を気に入っていて、家に帰ればキャンディーズの「年下の男の子」なんかを歌うような気分に浸っていたにちがいない、というものだ。  後者であったことを願うが、たとえタイムマシンが発明されたとしても確認はしたくない、怖いから。 ※2005年4月1日 Fonte掲載