最新号トピックス

2008.12.15

第6回「社会の中の精神現象」 高岡健

バージニア工大銃乱射事件(下)

 バージニア工大乱射事件のチョ容疑者は、8歳ごろに一家で韓国から渡米したと報道されている。このあたりの年齢で海外移住した人を、1世と2世の中間という意味で、1・5世と呼ぶらしい。  このとき、私たちがすぐに思い出すのは、2004年の新宿事件だ。新宿事件とは、13歳の少女が男児を、団地外階段から突き落としたとして補導された事件だ(少女は途中から非行事実の否認に転じた)。少女は、日本で生まれてまもなく、マレーシアに移住した。そこでは、「戦争で日本人に痛い目にあわされた」という理由で、教師から暴行を受けた。転校先でも同級生からいじめを受けた少女は、日本に帰って小学校5年生のクラスに入った。少女は5カ国語を話せたが、微妙なニュアンスを表現することはできなかったという。少女は次第に、カッターナイフを持って教師を追いかける、学校で飼っている小動物を傷つけるといった、行動を呈すようになった。転入からわずか7カ月で少女は学校から放逐され、少女個人には注意欠陥・多動性障害というラベルが貼り付けられた。  少女は、マレーシアでも日本でも「外国人」だった。1・5世の人間形成の前に、言葉の壁が立ちはだかったと指摘することはたやすい。だが、言葉は人間関係のなかでしか発達しない。少女の行く手を塞いだのは、人間形成の壁だった。チョ容疑者にとっての壁もまた、英語そのものではなく、言葉を発達させうるだけの人間関係だったのではないか。  それでは、チョ容疑者の家族が、彼を守ることは不可能だったのだろうか。チョ容疑者と両親との関係については情報が乏しい。しかし、名門大学を卒業した姉が、両親に代わって「弟が犯した言語道断の行為を、とても申し訳なく思っています」との声明を発表している。彼女は、米国国務省でイラク支援事業の請負を担当していたというから、本心を語りにくい面はあろう。それでも「(弟は)いまは知らなかった人のよう」という部分を読むと、韓国人家族の強い紐帯までもが、米国社会のなかでは引き裂かれているように思える。チョ容疑者は家族に守られず、自己責任を問う冷たい視線にさらされているだけだ。  ここで私たちは、過去の事件を思い出すことになる。1968年に生起した、永山則夫による連続射撃事件だ。永山の父は家出し、母も貧しさゆえに子どもたちを残して出奔した。永山が慕ったのは優しい姉だけだったが、その姉は精神病院に入院させられていた。高度成長の際に貧しさから抜け出ることができなかった永山を支える家族は、解体していたのである。  チョ容疑者一家の韓国における生活も、同様に貧しかった。その意味では、日米の銃撃事件の背景は共通している。ただ、日本の永山は、高裁では情状が酌量されたし、家族に代わる多くの支援者がいた。それにもかかわらず最高裁で死刑が宣告されたのは「環境的要因を重視することには問題がある」という理由からだった。チョ容疑者は、米国では環境的要因が無視されることを知っていたかのように、みずから死を選んだ。これが、現在の日米を貫く、自己責任論の終結なのである。 著者プロフィール (たかおか・けん)1953年徳島県生まれ。岐阜大学医学部助教授。日本児童青年精神医学会理事。専門は児童精神医学、総合病院精神医学、精神病理学。精神鑑定についても造詣が深い。著書に『引きこもりを怖れず(ウェイツ)『人格障害論の虚像』(雲母書房)など多数。 ※2007年6月15日 Fonte掲載