最新号トピックス

2008.11.24

第3回「社会の中の精神現象」 高岡健

タミフルによる異常行動(上)

 インフルエンザ治療薬タミフルと、異常行動との関係についての議論が続いている。報道に基づいて、経緯を整理してみよう。  2004年に、タミフル服用後の幻覚や異常行動が複数報告されたが、他方では新型インフルエンザ対策のために国家備蓄が決定された。翌年には、少年2人の死亡などが学会で報告されるとともに、米国食品医薬品局によって日本の12人の死亡例が、公表された。ただし、因果関係については「否定的」とされていた。  06年には、厚労省研究班が、異常行動との関係に否定的な報告書を発表した。しかし、今年になって、少年の転落事故が相ついだことから、厚労省は10代への投与を控えるべきとの見解を発表し、因果関係の再調査を決定した。それにもかかわらず、新型インフルエンザ発生時の国の対策ガイドラインでは、タミフルを年齢にかかわらず、予防・治療用に使うとされた。その後、インフルエンザではない女児が、タミフルを服用後、家を飛び出そうとするなどの行動を呈していたことが分かった。また、遅ればせながら厚労省は、異常行動を起こした患者が128人にのぼるという事実を、公表した。だが、未集計分が、まだ多く残っている。  どこが問題なのか。何よりもまず、新型インフルエンザ対策とリンクしていたからこそ、厚労省は副作用報告の分析に、及び腰だったのではないか。そういう疑いを、払拭できない。新型インフルエンザにタミフルが、どの程度効き目があるのか、私は知らない。未知の「新型」である以上、ほんとうは誰も知らないはずだ。  ただ、ここに戦争のモデルが紛れ込んでいることだけはたしかだ。新型インフルエンザという敵から、国家を防衛するための戦争というモデルである。このモデルの下では、タミフルを予防的に服用しない人間は、非国民扱いされるだろう。  医学的治療は、しばしば戦争用語によって記述される。「癌細胞の侵略」「癌の征服」といった用語が、その代表だ。スーザン・ソンタグ(『隠喩としての病い』)は、それらをSF的な冒険と揶揄した。彼女によると、SFと同じ程度の根拠しか持たない「癌征圧」キャンペーンに追加されたものは、「エイズ撲滅」キャンペーンだった。日本では、新型インフルエンザからの国家防衛が、それに加えられようとしている。  SF的戦争モデルを維持するために、平和下の日本(最近はそうでもなくなってきたが)に生きる人々が、犠牲になっていいわけがない。冷静にタミフルと異常行動との関連を考えるためには、新型であれ旧型であれ、インフルエンザに対する戦争というモデルを、はずしてしまうことが前提だ。そうすれば、戦争モデルに代わる、平和下の自己回復モデルが、浮上してくるだろう。ウィルスを叩くだけではなく、人が本来持っている回復力の増強に、研究予算を注ぎ込んだほうがいい。 著者プロフィール (たかおか・けん)1953年生まれ。精神科医、日本児童青年精神医学会理事、岐阜大学医学部精神病理学分野助教授。著書に『引きこもり狩り(雲母書房)、『引きこもりを恐れず』(ウェイツ)、『新しいうつ病論』(雲母書房)など多数。 ※2007年5月1日 Fonte掲載