最新号トピックス

2008.11.17

第2回「社会の中の精神現象」 高岡健

渋谷遺体切断事件(下)

 渋谷遺体切断事件の両親の手記が、新聞紙上に掲載されていた。「(妹の)他を顧みない自由奔放な性格と言動は、家族から理解されていなかった」、「(兄は)妹が両親を悩ます元凶と思いこむようになったのではないか」、「(妹が兄に)謝ってさえいてくれれば……このような凶行にいたらずに、すんだのではないか」という内容だ。  死んだ後になってまで、妹は悪者扱いされている。それなら、私も次のように言ってみたくなる。妹の友人の話によれば、妹は家出をして男性と同居していたが、後に自宅へ連れ戻された。そのころの彼女は目標を見つけられず、自暴自棄になっていた。彼女は友人から芸能事務所を紹介され、劇団の魅力を知るようになってから明るくなった。つまり、妹は、やっとの思いで歯科医一家の呪縛から、逃れようとしていたのではないか。だから、密かに慕う兄に対して、あえて「歯科医になるのは人のまねだ」「夢がないね」という言葉を、投げかけたのではないか。  夏目漱石は、「恐れないのが詩人の特色」で、「恐れるのが哲人の運命」だと述べた。前者においては先の見えないほどの強い感覚が一度に胸に湧き上がるが、後者は先に結果を考えて取り越し苦労をするというのだ。しかし、渋谷事件の兄は、「夢がない」という詩人の言葉に直面したとき、哲人の枠を逸脱し殺害事件を引き起こしてしまった。詩人の言葉は、哲人であるはずの兄の人生を否定するほどの、大きな力を持っていたと考えるしかない。そうでなければ、詩人であった妹は、兄に対して、真の哲人たれと言いたかったのだろう。  もう一つ、書きとめておきたいことがある。漱石の小説に登場する哲人は、つねに母を求めていた。そして、母のことを毎日毎夜考え、それでもわからなかったときには、尋ねることのできる叔父がいた。  渋谷事件の場合はどうだったのか。事件の数日前、母が妹の生活態度を叱ったところ、妹は激しく言い返し、母を罵った。居合わせた兄は、「なぜ、ああいう言い方をするのか」、「妹が許せない」と考え、妹のことを非難したという。母から愛され、認められるためには、常に母に従って生きるしかない。そういう哲学を持つよう強いられてきた兄の姿が、そこにはある。  しかし、哲人であるべき渋谷事件の兄も、ほんとうは無条件に愛してくれる母を、どこかで求め続けていたのではないか。それが受けいれられなかったとき、叔父に相当する斜めの関係の人間が、果たして存在したかどうか。そこが疑問として残る。  引きこもって自分自身を見つめるためには、ただ従うだけの上下の関係は不要だ。引きこもりを斜めから見守ってくれる存在こそ、必要なのである。 著者プロフィール (たかおか・けん)1953年生まれ。精神科医、日本児童青年精神医学会理事、岐阜大学医学部精神病理学分野助教授。著書に『引きこもり狩り(雲母書房)、『引きこもりを恐れず』(ウェイツ)、『新しいうつ病論』(雲母書房)など多数。 ※2007年4月15日 Fonte掲載