最新号トピックス

2009.03.23

最終回「社会の中の精神現象」 高岡健

2007年をふり返って(下)

 「防衛省守屋前次官を逮捕/山田洋行からゴルフ接待」というニュースもあった。この事件の発覚直後に、すべての防衛省幹部にGPS(全地球測位システム)を持たせることを、現防衛大臣が指示した。非常事態に際し、ゴルフ場で遊んでいる幹部を招集できないようでは困るというのが、表向きの理由だ。  それを聞いて私は、およそ十年前の厚生省汚職のことを思い出した。その時は、岡光という次官が逮捕された。しばらく後に、ある国立病院を訪れた私は、わが目を疑った。その病院に掲げられている全てのカレンダーが、不自然に一部分だけ切り取られていたからだ。聞けば、製薬会社の名前が入った箇所を切り取るようにと、厚生省から指示されたのだという。  汚職に手を染めたのは、厚生省事務方のトップである次官だ。それなのに、何ら汚職をしていない末端の病院職員を、綱紀粛正で締めつける。同様に、収賄で逮捕されたのは防衛省事務方のトップであるのに、その部下がGPSで管理される。そのうち全自衛隊の兵士が、休暇中もGPSを持たせられるだろうと危ぶんでいたら、「かえって幹部の位置がスパイ網で知れるのでまずい」という国防上の理由から、その方針はすべて中止になった。不幸中の幸いとでもいうべきだろう。  私は、自衛隊も防衛省も究極的には廃止すべきだと思っているから、国防上の理由には何ら関心がない。それよりも、トップの不祥事を部下や末端に転嫁して瀰漫化する手法に、限りない危険を感じる。なぜなら、それはかつての全体主義の手法と同じだからだ。 ここでいう全体主義とは、トップは何もせず、ただ綺麗ごとをスローガンとして掲げ、その旗の下に民衆を従わせる方法をいう。たとえば、地球環境の名の下にレジ袋が有料化されても、民衆が得る利益は不利益を上回りえない。そういえば、先に述べた地球温暖化問題に際しても、国民の節約運動によって二酸化炭素を削減するという、呆れた方針が浮上していた。「欲しがりません、勝つまでは」というわけだ。こういう方法は、物事の本質から巧妙に眼を逸らさせる効果を持つことを、政府や官僚はよく知っている。逆に、自ら考えようとしない人々は、容易に全体主義の方法に呑み込まれる。  だから、私たちは、美辞麗句の下に個人の行動を統制する一切の動きを、あらかじめ疑わなければならない。残念ながら、「2016年までに自殺死亡率を現状より20%減らす自殺総合対策大綱を閣議決定」というニュースも例外ではない。自殺対策は社会の責務という、それ自体は正しいスローガンの下に、結局はうつ病対策として個人責任化がはかられているからだ。個人の健康に対して政府や官僚が直接に指図をするなら、それは全体主義そのものというしかないだろう。 その他にも、取り上げるべきニュースは枚挙にいとまがない。とりわけ、米国のサブプライムローン焦げつきと、バイオ燃料の需要増による穀物価格上昇、および原油価格高騰に起因する物価高は、2008年における人々の心に暗雲をもたらすに違いない。このとき、必ず綺麗ごとを装ったスローガンが忍び寄る。それに絡めとられてはならない。 著者プロフィール (たかおか・けん)1953年徳島県生まれ。岐阜大学医学部助教授。日本児童青年精神医学会理事。専門は児童精神医学、総合病院精神医学、精神病理学。精神鑑定についても造詣が深い。著書に『引きこもりを怖れず(ウェイツ)『人格障害論の虚像』(雲母書房)など多数。 ※2008年2月1日 Fonte掲載