最新号トピックス

2009.03.16

第19回「社会の中の精神現象」 高岡健

2007年をふり返って(上)

 07年が去り、08年を迎えた。過ぎ去った年を回顧して、年末の各新聞は、恒例の重大ニュース特集を行なっていた。そのうちのいくつかを取り上げてみよう。本連載の最後にあたって、私なりの社会への基本的視座を示してみたいからだ。  「ゴア氏にノーベル賞/地球温暖化クローズアップ」というニュースがあった。ゴア氏の映画『不都合な真実』が日本で封切られる少し前に、彼は温暖化防止キャンペーンのため、豪州を訪問していた。そのころ、私は国際児童青年精神医学会に参加するためメルボルンにいて、学会が終わったあと、たまたまこの映画を見た。  学会では、パワーポイントを駆使した発表が行なわれる。ビジネスマンの製品プレゼンテーションと同じだ。発表を聞くものは、パワーポイントで示されたグラフや写真を、自らの経験と照合して考えたり、意見を述べることができる。ゴア氏の映画も、パワーポイントの技術という点では、学会発表と変わらないどころか、それらを上回るきらびやかさを持っていた。だが、決定的にちがう点もあった。聴衆にとって、参照しうるみずからの経験が、かぎりなく不確実なのである。  たしかに、「岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で40・9度の最高気温を観測」という事実はあった。また、北極海の氷が溶けて、太平洋の島嶼が水面下に沈みつつあるとの報道もある。だが、はたしてそれが二酸化炭素の増大によるものなのか。そうだとしても、その理由は工業化なのか。答えがわからないかぎり、宗教的信念と紙一重になってしまう。  宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』では、寒さのため凶作に苦しむ人々を見て、科学者のあいだに次のような会話が交わされている。「炭酸瓦斯が増えてくれば暖かくなるのですか」「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、大抵空気中の炭酸瓦斯の量できまっていたと云われる位だからね」こうして、ブドリは火山を爆発させようと、決死の行動へ向かう。  人類の誕生に先立つ昔の地球には、工業化と無関係な温暖化が存在した。また、少し前のイーハトーブ市では、今とは反対に寒冷化が問題とされていた。では、現在はどうか。二酸化炭素の量に変化があるとして、それは工業化のみに基づいているのか。そのことが解明されないかぎり、私たちは付和雷同を排しつつ、いっさいの判断を保留せざるをえない。判断と態度の保留には、ブドリとはちがった種類の勇気が必要だ。そして、保留のための勇気が、今ほど必要とされている時代はないといえる。  もっと卑近なニュースを、例に挙げることもできる。不二家・石屋製菓・船場吉兆などの食品偽装だ。もちろん、情報隠蔽は許されるべきではない。しかし、いったい消費期限とは何か。どうやって決めるのか。どこに根拠があるのか。これらを知らないまま「食の安全」を唱えるなら、やはり付和雷同といわれてもしかたがないだろう。ふり返れば、バブル経済のころ、消費期限切れのコンビニ弁当の廃棄に眉をひそめる人たちがいた。彼らは、消費期限の延長を主張すればいい。言うまでもなく、そのためには科学的で実証的なデータが不可欠だ。それまで私たちは、ここでも態度を保留するしかない。 著者プロフィール (たかおか・けん)1953年徳島県生まれ。岐阜大学医学部助教授。日本児童青年精神医学会理事。専門は児童精神医学、総合病院精神医学、精神病理学。精神鑑定についても造詣が深い。著書に『引きこもりを怖れず(ウェイツ)『人格障害論の虚像』(雲母書房)など多数。 ※2008年1月15日 Fonte掲載