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2009.02.09

第14回「社会の中の精神現象」 高岡健

少年調書漏示出版(下)

 奈良医師宅放火殺害事件の精神鑑定を行なった医師は、調書に関しての秘密漏示容疑を否認しているという。だから、現時点では、この医師が調書の写しや鑑定書を提供したと、断定することは慎まねばねらない。それでも、A4版3000枚の調書類を入手したと、著者である草薙氏が明言している以上、誰かがそれらを漏示したことは確かだ。  弁護士と同じく医師も、職業上知り得た秘密を漏らすことは許されていない。それは、法律に定められているという以上に、倫理の問題だ。仮に、精神鑑定に携わる医師が秘密を漏示するとわかっていたなら、誰しもが本当のことを話そうと思わなくなるだろう。それでは鑑定医としての仕事が成立しない。倫理とはそういう意味だ。では、社会に対して精神鑑定医は、ただ口を閉ざしていればいいのだろうか。そういうわけにはいかないと、私は思う。個別の事件には、人々にとって普遍性を帯びていると考えられる部分が、必ず含まれている。個人の匿名性を考慮したうえで、普遍的な部分を開示する方法が、確立されねばならない。  私の場合でいえば、第一に、守秘義務を負った専門家のみで構成された、非公開の研究会で報告し意見を求めることがある。第二に、専門学会や学術誌で発表することがあるが、この場合は一般の眼に触れるおそれがありうるという前提で、細部を省略したり変更を加えざるをえない。第三に、ジャーナリズムの取材に応じるときは、どこまでを話していいか、あるいはその取材者が信用できるかどうかを、一瞬にして判断する必要が生じる。このあたりは、臨床医学で培った勘と、乏しくとも人生の修羅場で蓄積した経験を、頼りにするしかない。本当は、勘や経験に頼らずとも可能な、公開のための方法論が開発されるべきなのだが、私も含めて現状がそこまで至っていないことは確かだ。  調書類を丸ごと提供することは論外としても、今回の秘密漏示者が、草薙氏を信用したことは、取り返しのつかない誤りだったと言うしかない。これまでの彼女の著書や記事を読めば、ジャーナリストに不可欠な社会的視点が皆無であることに、すぐ気づくはずだ。たとえ読んでいなくても、その種の致命的欠陥は、取材姿勢に容易に現れるだろう。  『僕はパパを殺すことに決めた』には、加害少年は広汎性発達障害を有していたとの記述がある。同書には、それが正確かどうか判断できるだけの材料が含まれていないが、仮に正確だとしても、この本に書かれてしまうや否や、その信用度は格段に劣ってしまう。なぜなら、鑑定医が否定しているのに、佐世保市同級生殺害事件の少女や大阪姉妹殺害事件の死刑囚を、根拠を示さず同障害を有していたと断定しているからだ。それなら、奈良放火殺害事件の少年についての記述も、誰かの恣意的な断定ではないか。そう思われても仕方がないような本を、草薙氏は著した。それを見ぬけず取材に協力した精神科医がいたなら、残念ながら彼には、勘を培いうる臨床医学と人生の修羅場での経験が不足していたという、身もフタもない評判が残るだけだ。 著者プロフィール (たかおか・けん)1953年徳島県生まれ。岐阜大学医学部助教授。日本児童青年精神医学会理事。専門は児童精神医学、総合病院精神医学、精神病理学。精神鑑定についても造詣が深い。著書に『引きこもりを怖れず(ウェイツ)『人格障害論の虚像』(雲母書房)など多数。 ※2007年10月15日 Fonte掲載