最新号トピックス

2008.09.22

第9回「子どもの現在」 保坂展人

 静岡県伊豆の国市の高校1年生の女子(16歳)が、自分の母親(47歳)に毒薬であるタリウムを摂取させた殺人未遂容疑で逮捕された事件は、佐世保事件を昨年取材した私にとって、重く暗い気持ちを増幅させられる。  報道によると、女子生徒は母親の入院先でコップを洗うふりをして毒物を付着させたと警察で供述しているという。また自宅の部屋からは、薬物の入ったビンや小動物の死骸などが発見されたらしい。  事件が伝えられているのはおそらく周辺部であり、私たちの話題は警察発表による取捨選別された「断片」にすぎない。だから、早計に何かを分析したり、指摘したりという行為は慎もうと思う。  ただ、いやな胸騒ぎがする。事件の渦中にいる少女の「異常性」「残虐性」「冷酷さ」が語られて、かつての金属バット殺人事件のように、あるいは昨今の親殺し事件のように、どちらかというと衝動的に親を殺した事件と、この事件は明確に区別されるだろう。  計画的に、母親の衰弱していく経過観察をしながら、そのようすを見続けている。とても衝動とは言えず、「計画的行為」と大人であれば裁判で厳しく断罪されるケースにあたる。結局、少女自身の「心の闇」が問題とされ、子どもたちの心をこじ開けるような乱暴な議論が登場するのは想像に難くない。  神戸市須磨区で起きた少年Aの事件は、少年法の改正の下地をつくり出した。今回の少女の事件が、どのように語り継がれていくかはわからないが「子ども」「少年少女」に不寛容な方向に世論はなびき、子どもたちの生き方や心のなかまでも強権的に介入しようという動きを生む恐れがある。  被害にあったのが母親で、容疑者が娘であることには着目しておきたい。早期教育でも母子一体化が起きやすいのは、男の子ではなく女の子であり、母と娘の葛藤はどの家族でも一般的にある。最悪の親子関係となってしまった母子関係は、幼少時どのような姿をとっていたのか。  さらに、ブログというのもひっかかる。ブログが急速に普及して、私も毎日書き続けている(『保坂展人のどこどこ日記』)が、不特定多数の人々に自分の意見や行動を公表しコメントやリンクなどのリアクションを得るのは、なかなか刺激的だ。私の場合は実名で、国会という場から発信しているが、多くのブロガーたちは匿名である。匿名ながら、内容によっては不特定多数の人々の耳目をひきつけて、反響を呼ぶ。また、フィクションにしてはリアルな日記を公開していく。そんな「場」と、時間をかけて母親が衰弱していくという「現実」がどのように交錯していたのか。  学校内での孤立化やいじめがあったのか。事件の少女の暮らしていた「現実」は学校であり、家庭であり、友人たちだったろう。しかし、仮面を脱ぎ捨てることができたのはブログをアップする瞬間だったのか。あるいは、このブログさえ、もうひとつの仮面なのか――本当はあまり語りたくない事件だが、経験則から言うとセンシティブな感性を持って衝撃を受けている人たちが沈黙している隙に、無神経の軍団が「世論」を席巻してしまう。みなさんはどう考えるだろうか。 ※2005年11月15日 Fonte掲載 ■著者プロフィール (ほさか・のぶと)1955年生まれ。中学時代、創刊した新聞が校則違反とされ、内申書に記載された「政治・社会運動」を理由に、高校は不合格。16歳から「内申書裁判」を起こした。80年代より、学校問題のルポを次々と発表、教育ジャーナリストとして活躍。市民運動にも関わってきた。96年秋の総選挙で社民党東京比例区で当選。議員として追及したテーマは、学校・子どもの問題をはじめ、平和・環境問題、年金問題など多岐にわたる。「児童虐待防止法」の成立、チャイルドラインの実現にも奔走。2003年、総選挙で破れるも、現在、ジャーナリストとして活躍中。著書に『先生、涙をください!』(集英社)、『学校に行きたくない』(集英社)、『元気印青春論』(大和出版)、『いじめの光景』(集英社文庫)、『学校を救え!』(ジャパンタイムズ社)など多数。