最新号トピックス

2008.04.14

青木悦さんインタビュー

aokietu.jpg 今回のインタビューは、教育や子育ての本を多数執筆し、講演活動も行なっている、教育ジャーナリストの青木悦さん。子ども時代やジャーナリストになるきっかけ、いまの子育ての状況などについて、お話をうかがった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ――青木さんはどんな子ども時代をすごされましたか?  家庭はすごく暗かったです。父は酔うと母に暴力をふるい、止めに入った私もいっしょに殴られました。ただ、学校はすごく楽しくて救われました。私は学校がなければ、つぶれていたかもしれないですね。  故郷の高知には18歳までいました。小中高と楽しかったんですが、それでも、家庭のつらさを学校にまで引きずりましたね。母はすごく世間体を気にする人だったので、暴力を受けていることは学校では絶対に言えませんでした。友だちの前ではなにもなかった顔をしているんですが、すると自分が嘘をついているような気持ちになる。「私は学校があるから生きていける」というくらい楽しい反面、嘘をついているというストレスもありました。両方のあいだで自分を責めて苦しかったですね。  父は幼いときに両親を亡くして、15歳から31歳までずっと軍隊にいました。成長期に軍隊にいたから、戦後、人付き合いがうまくいかず苦労したようです。殴ることでしか表現することができず、家族に暴力をふるっていたんだと思います。今ではそう思えますが、もちろん、当時は恐ろしくて仕方がなかったです。  高校卒業後、とにかく家を出たかったので、大学に入学して東京に出ようと思いました。だけど、家族のことがいつも頭から離れず、大学に入っても「遊学」なんて感じにはとてもなれなかったですね。家族をなんとかするために東京でがんばろう、という気持ちでした。 ――ジャーナリストになられるきっかけは?  大学を卒業することになったときに「朝日中学生ウィークリィー」が創刊され、求人募集していたんです。大学では文学部だったこともあり、書いて食べる仕事をしたいと思っていましたから、試験を受けて新聞記者になりました。取材で中学校の現場をまわり始めたのが、教育にたずさわるきっかけです。  ひさしぶりに見た学校は、私の知っている学校とは大きくちがっていました。私が子どものころは、先生も生徒に対して管理的ではなかったし、服装検査やあいさつ運動もなかった。絶対的に生徒が主役でした。私の原点である、戦後一時期の自由な学校教育から比べると、管理的で、とても違和感がありました。  中学生ウィークリーは1年半くらいで退職しました。そのころは会社に組合がなく、仲間と組合運動をはじめたら、女の私にだけ配置転換がきてしまったからです。このときに女性の問題もいやと言うほど思いしらされました。

◎ひとりぼっちの子育て

――会社を辞められたあとは?  退職後に妊娠していることがわかって、出産と子育てのために2年間ほど専業主婦になったんですが、すごく大変でした。団地で知り合いもいないし、ひとりぼっちで子育てをするしんどさを体験しましたね。心理的に追いつめられて、ベッドに子どもを投げ捨てようとしたときもありました。でも、子どもを投げたら死んじゃうかもしれない。子どもじゃなくて、体力的に強い大人に当たろうと思い、寝ていた夫にウイスキーをぶっかけました(笑)。それをきっかけに夫と徹夜で話し合い、いっしょに子育てするようになりました。爆発する前に話し合えばよかったんですが、私のなかにも、「夫は外で働くんだから、女は子育てをがんばるもんだ」という意識が刷り込まれていたんですよね。子どもが生まれたことで、否応なしに人生を考えさせられました。その経験が子育てを語るときの原点になっていますね。  子どもが1歳になったとき、田舎の親が東京に引っ越してきたので、親に子どもをあずけて婦人民主新聞(現『ふぇみん』)で働くようになりました。婦人民主新聞では教育問題を中心にさまざまなことを取材しました。  新聞づくりにたずさわるようになってすぐに、横浜でホームレスの人が殺される事件を取材して本にすることができたんです。そこからは記者をやりながら、本を書いたり講演したりということをやり始めました。子育てしながらですから忙しかったけど、楽しかったですね。 ――現在の子育ての状況について感じることは?  親は身近に、子育てのちょっとした質問をできる人がいないと感じます。そばに人はいるけど、腹を割って話せる人がいない。夫にも本音が言えず、お母さんと赤ちゃんだけが孤立無援になっていると感じます。また「子育てをまちがえちゃいけない」と思いこんでいるお母さんが多いとも感じています。子育ては「まちがえる」とかいう種類のものではない。子どもといっしょに生きるだけのことですよ。「失敗してはいけない」という思いが、ちょっとしたことで手が出ることにつながっていると感じます。  いわゆる「優等生」で育ってきたお母さんには、頭でっかちな人が多いですね。学校生活を完璧にこなし、乗り越えてきた人が、子育てを始めたときに、赤ちゃんの「どうにもならなさ」にとまどう。だから不登校であるとか、自分と向きあいながら「どうにもならなさ」を体験した人だと、赤ちゃんの「どうにもならなさ」にも見当つくんじゃないかと思います。 ――「子育ての失敗」や「子どもは怖い」と煽る報道が多く感じられます。  マスメディアは脅しの情報が多すぎます。大きな事件があったときに、「不登校だった」とか、「親に離婚歴がある」などと、事件のある部分を抜き取って報道しますよね。犯罪につながったとされるさまざまな条件を、一つ抜き出して報道していけば、みんな少なからず当てはまりますよ。それに実際は、ごく一般的な家庭で起こっていることなんですから。子どもだって昔とくらべても変わっていないと思います。ただ子どもを迎え入れる環境は変わっていると思います。それなのに子どもが変わったことになってしまい、聞いている親は不安になってしまう。それを利用して、教育基本法を変えようという動きも強まっています。「どういう関係があるのよ」と思いますが、今は妙な説得力を持ってしまっていると感じます。 ――青木さんの今後の活動は?  人間って集まってわいわいしゃべっているうちに知恵が出てくるものだと思います。だから「不安に駆られたら集まって話しませんか」という呼びかけを、講演や本を通してお母さんたちにしていきたいですね。テレビからは不安になるような情報しか流れてこないし、家に一人でいると、どんどん不安になるんです。  教育基本法を守ることにも、がんばっていきたいです。今まで改正しようとする流れを押し返してきたんだけど、今は変えようという声がどんどん大きくなってしまっている。だから、よけいがんばろうと思っています。昔から、負けそうになると、よけいがんばろうという気持ちが強くなるんです(笑)。 ――ありがとうございました。(聞き手・信田風馬) ■プロフィール 青木悦(あおき・えつ)。1946年高知県生まれ。「朝日中学生ウィークリー」「婦人民主新聞」記者を経て、教育ジャーナリスト。著書に『アスファルトのたんぽぽ』(坂本鉄平事務所)『泣いていいんだよ』(けやき出版)など多数。 ※Fonte2006年3月1日号掲載