1月31日、都内にて、第3回シューレ大学公開イベントが行なわれ、約130名の参加者が集った。基調講演は平田オリザさんの「対話の演劇」。演劇やワークショップを重ねるなかで見えた、今後の社会、個人に求められることを語った。参加者はわかりやすく、奥深い内容に大きな拍手を送っていた。今回は、その講演内容を抄録する。

私は演劇教室みたいなワークショップを10年ほど前から開いています。これが非常にニーズが多くて、忙しい。今日は、なぜ今、演劇、表現にニーズがあるのかをお話します。

ワークショップでは、高校生・社会人に、かならず設定するテキストがあります。「列車の長旅で、座席にAさんとBさんが座っている。座席にCさんが入ってきて、Aさんが『旅行ですか』と訪ねる」という設定です。これが、なかなかうまくいかない。初対面なのに妙になれなれしかったり、逆にすごく緊張してしまったり。なぜなのか聞いてみると「はじめて出会った人と話したことがないから」。他者との出会いが少ないんですね。

みなさんは他人と居合わせたとき、自分から話しかけますか? 自分から話しかける人でも、腕のすそから刺青が見えたら、話しかけないでしょう。自分から話しかけない人も、赤ちゃんがじゃれついてきたりしたら「おいくつですか」とか話しかけるでしょう。つまり、相手やきっかけに寄る部分が大きいわけです。

◎コンテクストのちがいを知る

ワークショップでは、話しかけやすい場面を考えて実際に演じてもらう。そのことを通じて、人に話しかけることはエネルギーがいることだと、感じとってもらいます。

アメリカ、オーストラリア、アイルランドの場合は、知らない人でもやたらに話しかけます。おそらく、開拓からの歴史が浅く、自分が安全な者だと早く伝えたい、という風土が残っているのでしょう。イングランドや韓国など固定した社会だと、地域や階級によって、話し言葉が変わってきます。そのため、たがいの関係が特定できないと、話せない。

私たちは、使う言葉の様式、範囲が決まっています。一人ひとり、言葉から受けるイメージやボキャブラリーがちがう。一口に「砂漠」と言っても、砂の砂漠、岩の砂漠とイメージがちがうわけです。あるいは、砂漠を想像できない人もいる。この範囲のことを「コンテクスト」と言います。どんな意味でその言葉を使っているのか、言葉の全体像を「コンテクスト」だと思ってください。

とくに、文化的背景のちがうセリフだと考えやすいですね。チェーホフの演劇に「銀のサモワールでお茶をいれてよ」というセリフが出てくる。僕は今までに3人しか、銀のサモワールでお茶をいれた人を知らない。昔の新劇の人はまじめで、チェーホフの演劇をするために、百科事典で調べ、お店で使わせてもらい、リアリズムを追求しました。私たちアングラや小劇場の世界では、わからないセリフは大声の早口でごまかす(笑)。

◎ヘレカツ調査

身近な例で言えば、関西公演の際、おいしいトンカツ屋さんに入りました。そのトンカツ屋さんは「ヒレカツ定食」を「ヘレカツ定食」と書いていたんです。書いてあるのなら、その名の通り頼まなくてはいけない。でも、僕は東京で生まれ育ち、東京人としてのプライドを持って「ヒレカツ定食ください」と言ったわけです。ところが、ウェイトレスさんは注文を聞かない。僕のプライドも小さいですから、すぐに「ヘレカツください」と事なきを得たわけですが(笑)。

すかさず、俳優のみんなにもヘレカツのことを話し、笑っていました。ところが大阪出身の2人が怒りだして「ヘレカツやないですか。カッコつけてヒレカツなんて言うのは、東京だけですよ」と。まさかと思い、調査をしたんです。私の調査によると、ヘレカツは関西でも非常に狭い範囲で、大阪を中心に東は奈良、西は神戸、南は和歌山北部までで、京都ではほとんど使われず、滋賀の人はヒレカツです。

それぐらい言語は自己中心的になりやすい。でも本当は、ヒレカツ・ヘレカツは外来語だから、どちらも正しくない。

私たちは、たいてい日本語で教育を受けてますから、相手も同じコンテクストを持っていると思いがちです。ふだんなら、笑ってごまかせますが、演劇は言葉を突きつめていく作業なので、衝突が起こりやすくなります。とくに助詞だと、無意識に差が現れます。たとえば、東日本の人は「私ね、今日ね」と助詞として「ね」を使います。関西では「私な、今日な」と「な」に変わる。東日本出身の脚本家が「旅行ですね」と書いても、関西出身の俳優は「ね」のニュアンスがわからない。東日本の人は、無意識で使っているだけに、なぜ「ね」を付けるのか説明ができない。コンテクストのちがいがわからないと、思いやることが難しい。経験の浅い演出家なら、俳優に「ダメだな、内面のつくりが甘いんじゃない」とか言ってしまう(笑)。

どんな共同体もコンテクストのすりあわせを30年も50年もかけて行なっています。そして、学校、企業、地域のなかだけで通じる言葉や方言が生まれていく。

◎コンテクストの輪廻

一番わかりやすいのは夫婦です。たとえば、オクさんが電子レンジを「レンジ」、ダンナさんは「チン」と呼ぶ家で育ったとする。二人が1週間の新婚旅行から帰ってきたとする。相手についても、ちょっと疑問を覚えはじめる時期です。その時期に、ダンナさんが「これ、チンしてよ」と言ったとする。オクさんは、まさか「チン」と呼ぶとは思わず、クスッと笑ってしまった場合、男心がいたく傷つくわけです(笑)。それで、新婚旅行から、たまっていた思いも重なり「チンじゃないかよ!」と逆ギレして破局に至ると(笑)。それを乗り越え、20年もいっしょにいると、たがいのコンテクストがすり合わされてきます。たとえば、子どもが電子レンジを「クルクル」と呼んだとします。みんな親バカですから、家族で「クルクル」と呼んでいると、その子が結婚して夫婦になったとき、また同じ悲劇がくり返される。これをコンテクストの輪廻と呼んでます(笑)。

しかし演劇では、たった数カ月の稽古で、すりあわせを行なう必要がある。

◎バラバラなまま生きていくには

これまでの日本社会は、コンテクストを大きな国家目標に添わせようとしてきました。先生の言うことを聞き、高校、大学に行き、会社に就職すれば、たいていの人が幸せになると思ってきた。しかし、この10年間、大企業の倒産、オウム事件、神戸の震災なんかがあって、国家も、自治体も、企業も、学校も、労働組合も、けっして自分を守ってくれない、とみんなが気づいた。自分の判断と責任で生きていかないといけない。そうなると、価値観はバラバラになっていく。しかし、ただ、バラバラなだけでは生きていけない。私たちはバラバラなままで、共同体を壊さず生きていくコミュニケーションの能力が求められている。そのことを、私は対話の能力と呼んでいます。

9世紀以降、日本は、国風文化と言われる文化的鎖国をしました。17世紀以降は、純度の高い封建社会になり、多くの人が自分の村から一歩も外に出なくなりました。そこで、知り合いどうしがうまくコミュニケーションをとる方法が発達し、すばらしい文化を築き、俳句や短歌を生みました。「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」と言えば、たいていの人が情景を浮かべ「カッコイイじゃん」とわかる。これを私は「わかりあう文化」と呼んでいます。

一方、ヨーロッパは、支配・被支配がくり返されました。すると、自分がどんな能力を持ち、何を憎み、どうしたら社会に貢献できるか、きちんと他者に説明できなければいけない。そして、他者の説明を理解しなければいけない。これを「説明しあう文化」と呼んでいます。

これからの日本人は、いまのわかりあう文化のうえに、説明しあう文化、対話の能力をすこしずつ積み重ねていくことが必要です。

子どもたちの表現力が低下しているとは思いません。しかし、子どもたちは小さな教室のなかで、友だちとしか話さず、温室のようなコミュニケーションで育っています。にもかかわらず、社会に出たら、強い説明能力が求められる。このギャップが20~30年で大きく広がった。私は発達段階において、対話の能力、経験を地域社会で体験させることが必要だと思っています。

◎芸術教育の役割

学校教育は「努力すれば報われる」という原理で教えています。でも、私たちは「努力しても報われるとはかぎらない」と知っています。それは、もともと地域社会が教えてきた部分です。いまや、そんな地域社会はありません。地域社会に代わる、人生の暗闇の部分、精神の深い部分を教える場が必要です。そのひとつが芸術教育だと思っています。

私たちは芸術教育によって「世の中にはいろんな人がいて、いろんな人がいたほうがおもしろいし、どうにかしてうまくやっていかなくてはいけないんだ」と感じてもらいたい、と思っています。

(ひらた・おりざ)1962年東京生まれ。劇作家、演出家。1983年劇団「青年団」を結成。新しい「現代口語演劇理論」を確立し、アゴラ劇場を拠点に活動。公演やワークショップは国内外で高い評価を得ている。著書に『現代口語演劇のために』(晩餐社)『芸術立国論』(集英社)など。

※2004年2月15日 不登校新聞掲載