3月19日、テレビ報道によれば、名古屋で大学生の孫が、祖父を殺してしまったと報じた。
事件が生じた背景に、大学に行っていない孫に、大学へ行くように、と祖父が何度も言ったため、カッとなったということがあげられている。
祖父は歯医者だというが、だとすると、孫が大学を卒業するということは、当然過ぎるほど当然のことで、大学の登校拒否など、理解もできないし、認めるわけにもいかないことだったのだろう。
孫の大学生は、大学に入ったものの、通わなくなって、コンビニに出る程度、それにとても自責感を覚えたと思うが、おそらく行かなくてはと思っても行けない状態に平気ではなかったはずである。とくに、同居の祖父が大学出であれば、おそらく親も大学出であろうし、学歴プレッシャーはかなり強かったであろう。
不登校やひきこもりの孫が、祖父母に対する傷害事件や殺人事件をひき起こす例は、今まで何度かあった。逆もあった。祖父が不登校や家庭内暴力の孫に対して、黙っておられず殴打したもの。また、私の知っている例で、なおそうと深山に入り、全身傷だらけで亡くなった祖父もいる。
本欄で「孫の不登校」を連載しはじめたのも、親世代が、やや不登校を受けとめてきたのに比し、祖父母世代は、孫の不登校を理解し得ず、何とか再登校させたい、でもゴロゴロしていて心配でたまらない、という人が多い現実から企画した。私と木村理事で交互に書き手、または話し手を見つけ、登場いただいたが、本当に感謝申し上げたい。
連載も20回を超え、少し祖父母問題を整理してみたい。
◎なぜ祖父母は
祖父母は、不登校についてなぜ理解しにくいのか。
まず、世代的に、自分の子ども時代には登校拒否・不登校にほとんど出会っていない。そして、自分たちは、がんばれば報われると上昇志向社会のなかで、ひたすら努力してきた。進学競争のなかで勝ち抜き、点数のいい、評判のいい学校を出て、いい給料の会社に就職するのが誇りだった世代だ。また、礼儀や秩序を重じる倫理観や学校というものは、絶対的に大切だという価値観を持っている世代だ。
自分の孫が、学校へ行かないなんてとんでもない、と感じても不思議はない。とても苦しいなかを自分が忍耐してやってきたという思いもあるから、甘えや怠けのように思えて受けいれられない。おまけに「人なみに」「うしろゆびをさされないように」という体面を気にするしつけを祖父母の親世代から受けて育っている。不登校などみっともない、知られたくないということにもなる。おまけに、少子化時代なので、親世代は祖父母世代と同居したり、近くに住んだりして、孫の不登校が身近になっている状況がある。イライラや心配が日々のものとなる。
そこで、言い聞かせれば登校するかと思い、うるさく説教するが、それは事態を悪化させる。孫からは罵声を浴びせられたり、口をきかなくなったりする。それも納得いかないが、もうひとつ、父母、つまり祖父母から見て自分の娘・息子が「おじいちゃんは黙っててください。親にまかせてください」などと言うので、くやしいやら、寂しいやら。
親から言うと、祖父母は歳だから大事にしたいが、祖父母の肩を持つと、子どもとうまくいかず、苦渋の日々となる。孫は苦しさが変わらなければ祖父母への安心感、信頼感の持ちようがない。
◎祖父母問題の社会化が必要
記事でもおわかりのように、はじめから学校にこだわらず、孫の気持ちを大事にしてくれた、いい祖父母もいる。でも、祖父母とうまくいかなくて悩んでいる家庭は多い。これ以上の悪化を避けるため、祖父母と離れる暮らしや縁を切るかたちをとっている家族もある。
こんななかで、最近、親の会や全国合宿に参加される祖父母が以前より増えているのは喜ばしい。何より祖父母には、安心できる情報がもっと提供される必要がある。地域の敬老会や老人施設、社会福祉協議会などを通して、もっと祖父母世代が不登校について理解を広げる機会をつくっていったらどうだろうか。個々の家庭のみの対処でなく、祖父母問題の社会化が必要とされる。(奥地圭子)
※2004年4月1日 不登校新聞掲載


