現在19歳の長女の完全無欠の不登校生活がはじまると私の頭にずしずしとのしかかってきたのが、「自分と夫の両親に何と報告しようかなー」ということでした。何の因果か、わが子の不登校を考えつめていくと、自分と親の関係のことまでアレコレ思い出す羽目になります。「不登校の報告」=「親と丁々発止で人生論を語り合う」みたいなことになってしまい、銀河系の彼方まで、ソッコーで逃げ出したくなります。

 しかし、義父母に話をするべくその日はやってきてしまったのでした。
 義母は長女にむかってやさしく言いました。「ななちゃん、おばあちゃんちに引っ越してきて、ここから学校へ通ったらどう?」と。そのとたん、夫がすごく怒り出し、「それを聞いたら、ななみは、自分の不登校はやっぱり悪いことなんだって思うじゃないか! こんなことを軽々しく言う親とは縁を切る!!」と言ったのです。
 これは、「父ちゃんの縁切り宣言事件」として、後世に広く語り伝えるほどのものではありませんが、家族のなかではときどき話題になります。このとき、義父母は直感で、「ウチの息子は本気で縁を切るな」と判断したそうです。そして「今後口出しするのはやめよう」と心に決めてくれました。めでたしめでたしです。

 続いて、車で5分のところに住んでいる私の親ですが、こちらのほうは「もともと世間体を気にするような家じゃないから、私たちのことは心配しないで、ななちゃんがつらくないようにしてあげて」と言ってくれました。
 私の親が世間体を気にしないというような人生観をもつに至ったといいますか、事態に陥ってしまった背景には、はかり知れない人生の艱難辛苦があったと推測できるのですが――たとえば自分の娘(何を隠そうこの私)にサンザン苦労をさせられたとか――何にせよ「やったー!! 助かった!!」と胸をなでおろします。

 さて、長女が不登校をしてしばらくして、母が友人知人との忘年会か何かに参加したときのことです。その場で「近所で不登校をしている子」の噂話に花が咲いたそうです。(以下、わが地方の方言で)
Aさん「その子ってばよ、夜中に親に向かって『コンビニでポテチとジュースば買ってこい!』って言いつけるんだとぉ。ほいで、親は言いなりになってんだべさぁ」
Bさん「ほれまぁ、信じらんねぇべ。そんなにわがままにしてたらだめだよのう」
 その会話を聞いているうちに母は、そういうことをせずにはいられないその子どもさんのつらい気持ちが、自分のことのようにワァーッとこみ上げてきたのだそうです。
それで「その子の気持ちをわかってあげようとしないからそういうことを言うんだべ。それに、うちの孫も不登校してるんだわ」と打ち明けたそうです。母は他人に意見を言うような人じゃないので、さぞや勇気がいったと思います(聞いた人もさぞやビックリしたでしょう)。
 私にとって、とてもありがたいうれしい思い出です。

 今に至るまで親が孫たちに学校のことでうるさく言ったことは1回もありません。実は当時の親の胸中を探ってみると、次の通りだったようです。「うちの孫たちは全然勉強もしてないし、学校に行く気配はこれっぽっちもなくて、本当に大丈夫かなー」→「しかし、こんな不安を娘にぶつけたらどうなるか。目を三角形にして孫たちに当たり散らすのは日の目を見るより明らかだ」→「なぜなら、娘はふだんイバッてわかったようなことを言ってるけど、実は重圧に弱く、自分を棚上げにして、他人のせいにするのが大好きだからだ」→「それでは孫たちがあまりにかわいそうだ。ここはひとつ、私たちが辛抱しよう」私はすっかり見ぬかれていたようです。とほほ。
 長女の不登校は13年も前のことで、その後、妹2人、弟2人も次々と順調に不登校の仲間入りをしました。

 親たちにしてみると、「ややっ、しまった。うかうかしているうちにすっかり孫の不登校になじんでしまったわい」っていうかんじかなあ、と思います。いやはや「慣れ」というのはオソロシイものです。
 私自身は親たちのおかげで、自分が年をとっていくことが、とっても楽しみになれました。そしてせっかくだから、思いっきり他人に後ろ指を指されるようなことをしてやろうっと! ウヒャヒャ。と、脳天気な人生目標を持って、今日も自分の好きなことをして暮らしています。

※2004年3月1日 不登校新聞掲載