いま「教育改革」が目玉政策の一つとなっている。教育改革とは何なのだろうか。日本政府がモデルとする英米の教育改革状況などを佐々木賢さんが和光大学の開講講座で話されたので抄録する。佐々木さんは改革の背景となるGATS政策などにも踏み込んで話された。

今日は教育の「民営化」についてお話しします。
まず、説明したいのが、GATS政策です。GATS政策とは、WTO(世界貿易機構)の最近戦略で、教育、福祉、水道、ガス、電気、郵便、交通、医療、軍隊、刑務所など、公共事業をすべて民営化(私企業化)しようというものです。教育基本法改正の論議でも、当初は「私企業化しよう」とさかんに言われていました。

私は、年収によってA層からD層とわけて考えています。A層は年収1億円以上の人たち。世界的には1000万人程度(日本には140万人)がおり、世界の富の2分の1を所得しています。年収1000万円前後の人をB層、年収300万円以下の人をC層と分類しています。日本にはB、C層がそれぞれ数千万人程度いると考えられます。それ以下の年収100万円以下がD層です。D層は、日本には約500万人、世界的には10億人います。

90年以降のグローバル経済によって、階層化が明確になり、B層からC層へ、C層からD層へと人が流れるようになりました。GATS政策では、教育や福祉、そして水といった誰もが必要としている事業を民営化し、お金を吸い上げようとしています。

◎教育の民営化

英米では、20年ほど前から教育改革・教育の民営化が進められています。昨年、ロンドン大学のボール氏が「英国における教育の商品化」と題した講演をしました。

ボール氏は教育民営化によって、英国には巨大な教育市場が誕生し、教育の在り方や目的を大きく変化させてしまったことを強く批判していました。これまでの教育は、生徒が能動的に真理を探求する「市民」となることを目的としていましたが、教育民営化によって、生徒は「顧客」にしかなり得なくなりました。生徒は、たんなる偏差値、卒業資格、技能で計られ、知的価値は問われません。親に対しては、さまざまなメディアを通して、「努力しなければ失業するぞ」と不安をあおり、ときには「子どもの失敗は親の責任」だと脅迫さえします。子どもは生まれた瞬間から教育商品を売りつけられる存在になりました。ボール氏によれば、英国の5歳までの教育市場が43億ポンド(9460億円)になるそうです。

◎英米の教育改革

この10年間、英米の新聞には、教育改革が失敗した事例が大量に掲載されました。

ブッシュ政権は発足当初から、チューター(教師派遣)、チャーター(公設民営校)、バウチャー(教育キップ)制度を目玉政策として推し進めてきました。

ニューヨーク・タイムズは、バウチャー政策は教師派遣業者に年間2億ドル(240億円)の利益をもたらしたが、多数の公立学校が「失敗校」のレッテルを貼られ、この制度に適した生徒は全体の11%程度であったと報じています。学校設立の自由を謳ったチャータースクール制度も、学校の経営不振により閉鎖が相次ぎ、教師の解雇が相次ぐという事態を招きました。

安倍政権は教育の目玉政策として「学校評価制度」を打ち出しています。英米の「学校評価制度」では、全国一斉学力テスト、しつけ(校内暴力件数、いじめ件数、欠席・不登校数など)、学校経営、の3点を評価基準としています。心優しい先生がいるのか、生徒たちの居心地がいいのか、などといった評価はありません。

評価基準の一つ「学校経営」とは、いかに効率のいい学校運営がされるか、という意味です。英国では、南アフリカやジャマイカなどから教員を集め、自国教員の5分の1程度の賃金で雇ったり、へき地の学校が冷遇されたりといった状況が出ています。

◎反社会的行動規制法

D層の子どもは将来に見通しを持てず、荒れる子が多くなります。日本や欧米だけでなく、「途上国」も含め、世界的に校内暴力が増加傾向にあります。世界的なGATS政策によって絶対的貧困層が増えたからです。「指導の改善」などによって解消することではありません。

英国では、こうした荒れる子どもたちに対して、03年3月に「反社会的行動規制法」を施行しました。この法案は生活の細部まで規定しており、不登校や怠学についての保護者の責任、夜間外出禁止令、騒音や落書きや無許可ビラなどを規制しています。昨年から不登校の親には100ポンド(2万2000円)の罰金または一週間の軟禁が課せられています。

ニューヨークでは、155校の学校で監視カメラを設置し、銃所持を調べるためのX線探知機を設置した学校が140校もあります。米国全土で、テイザー銃(麻酔銃)を配備した学校が1700校あります。しかし、このテイザー銃による死亡事故も起きていて、5年間で103人が亡くなっています。

そして極めつけはブーツキャンプです。いわゆる問題行動を起こす子どもを一定期間預けて、厳しくしつけるものです。英国では政策としてブーツキャンプをはじめました「8歳からブーツキャンプへ」というキャッチフレーズのもと、陸・空・海軍の施設内でキャンプが行なわれます。さらに1万人以上にのぼる学校永久追放者の収容する施設「PRU」(厚生労働省管轄)をつくりはじめました。もうD層の子どもたちは、教育の外へ閉め出されたことがわかります。

◎現代の奴隷制

米国の思想家ケビン・ベイルズは1990年以降の全世界の労働者を調べ上げ、著書「グローバル経済と現代奴隷制」(凱風社)にその考えをまとめました。ケビン・ベイルズは、現在の底辺層(D層)が以前の黒人のように奴隷化していることを訴えています。D層の労働者は安い賃金で、まるで使い捨て商品かのように働かされています。

フリーターの奴隷化を端的に表しているのが小説『メタボラ』(桐野夏生・朝日新聞連載中)です。主人公は、派遣会社によってタコ部屋のような寮に入れられ、一日10時間労働をさせられたあげく、わずか月給13万円しかもらえませんでした。私たちが調査したところ、同じように壮絶な労働環境で働かせられた卒業生の話を聞きました。

日本には「フルキャスト」という派遣業者があります。登録者140万人を越える大手です。このフルキャストの登録者は、長髪、茶髪、ピアス、スキンヘッド、清潔・不潔感、年齢、言葉遣いの良悪、容姿、太め、刺青、虚弱体質……、と事細かなチェック項目によって分類されています。まさに奴隷扱いですよ。こんな人権侵害を許すんですか、いまの世の中は。

われわれは社会に奴隷がいることに鈍感になっています。奴隷社会に突入したことを知らなければいけません。「たかだか500万人じゃないか」という意見があるかもしれません。しかし、この500万人は政策として生み出された層です。教育改革は、フリーターやニート、不登校やひきこもりなどを支援しようなどという政策ではありません。

一方で「教育への企業の参入は効果的なのでは?」という意見や「これまでの公教育に失望している」という声もあります。私は、まず前提として「教育」を強く疑っています。公立も私立も塾もよくありません。むろん、みずから学ぼうとしたとき、教師がいると効果がある場合があります。

現在の政策は「自由競争」「自己責任」だとさかんに言われていますが、高度経済成長の際も自由競争がありました。当時は最高賃金と最低賃金の差が10倍程度でしたが、現在は100倍程度の差が開いています。格差をどこまで広げてしまうのか、それは社会システムとして非常に重要です。

そして、人権という概念を忘れてはいけません。どんなに貧乏であっても「人間としての尊厳」を、すべての人が認めなくてはなりません。それを「競争に負けたから」「個人が努力すればいい」と言ってしまえる社会はけしからんわけです。問題を個人化してはいけません。

※1ポンド=220円 1ドル=120円計算

(ささき・けん)
1933年中国瀋陽市生まれ。教育評論家。元東京都立高校教師。長い間定時制高校教師として学生たちと向き合いながら、「学校」や「教育」について根源的な考察を深めてきた。著書に『当節定時制高校事情』『学校はもうダメなのか』『怠学の研究』『親と教師が少し楽になる本』など。

※2006年11月1日 Fonte掲載