
10代中盤から20代まで「生きづらさ」のなかで七転八倒し、「ゴスロリ作家」になった雨宮処凛さん。雨宮さんに、これまでどんな経緯をたどり、これから、どんな活動を展開されたいのかをうかがった。また、取材は、子ども編集部準備会の子どもたちと取材した。
――どんな学生時代を送りましたか?
アトピー持ちだったので、ひどいあだ名をつけられたり、何をしてもいいというキャラクターにされたりしていました。いじめは小学校から始まって、中学校でもずっとそれが続いていました。
一番ひどかったのは、中学でバレーボール部に入っていたときですね。部活だとシゴキの名を借りたいじめが多くて、順番にターゲットにされる人がいました。一度、ターゲットにされたら、辞めるまで追いつめられる。それが、とうとう自分に番がまわってきたんですね。仲のいい子も部活にはいたんですが、ターゲットにされた瞬間に、その子たちもいじめる側にまわった。すごくショックでしたね。でも、部活は恐くて辞められないし、死にそうな思いをしながら部活に出てました。
もちろん、親には絶対に知られたくなかったし、先生に相談したら、もっとひどくなる。結局、部活は辞めましたが、いじめる人はどこにもいるんですよ。その子たちから逃げまどう日々が中学生時代でした。
――死にたいと思いませんでしたか?
死にたくて、死にたくてしょうがなかったですね。いじめを機に「どこに行っても私は否定される」「いつ人に裏切られるかわからない」、という不安や人間不信が植え付けられたと思いますね。だから、生きづらくなって、リストカットや家出をくり返して、親との関係も悪化して、さらに人間不信になってしまう。もう何が原因かわからないですよ。とにかく18歳か19歳のころは死だけが出口で、「いつか死のう」という思いが自分を支えていました。
20歳を越えてすこし楽になった面もありますけど、今度は明確な理由がないのに生きづらさを感じる。「はやく特別な何者かにならなくては」という焦り、復讐と恨みが心を支配していました。30歳になるまで、ずっと生きづらさがピークの状態だったんですね。30歳を越えたら「まあ、どうでもいいや」って思えたんですけど(笑)。ただ、まだ、あの生きづらさは、自分のすぐ近くにいる感じがしています。
◎ 思想に依存していた
――リストカットをどう思われますか?
リスカのなかに、自分を見いだして、そのなかでしか生きていけないこともあることを認めてほしいですね。私もそうでしたから。禁止されたらきついですよ。本当はリスカじゃなくて誰かに依存できたらいいんだけど、他人に気を遣って自分で処理しちゃうのがリスカですからね。
具体的な話をすると、リスカをあまりくり返していると心臓に負担がかかって、慢性的な貧血状態になるんですね。その状況からオーバードーズになると、致死量じゃないのに死んじゃった子も友だちにいます。リスカは緩慢な自殺とも言えるので、やってもいいとは言い切れないですね。
――その後、右翼団体に入っていますが理由は?
もうこの人たちに洗脳されようと思ったんです。自分のこと、社会のこと、いろいろな悩みで自分ががんじがらめになっていたので、逆にもう考えたくなかったんです。洗脳されたほうが楽ですよ。自分を丸投げにして他人にゆだねて染め直してもらえばもう悩まない。彼らは「生きづらいのは経済優先の世界のせいだ」「敵はアメリカだ」と言ってくる。そう言われたら、リスカなんてしないでアメリカにテロることしか考えないし、気分は毎日が革命前夜(笑)。やっと出口のない悩みからは解放されたような気がしてました。
ただ、その後、やっぱりいくら政治的な発言をしても空回りしてしまったんですね。それで、もうこれ以上思想に依存するのもきついなあと思い、団体は辞めました。
――「生きづらさ」がテーマの著書が多いですね。
逆に生きづらさを感じなかった人のほうが信じられないですよ。だって、社会は充分に矛盾だらけ。しかも、親も本人も「自分が悪い」と思わされてしまう。いまは理由もなく生きづらい、というのが当たり前の状況です。しかし、そういう思いは社会的に否定されていますよね。
◎ こんな社会はみんなで一揆!
――ひきこもりについてどう思われますか?
ひきこもりやニートの人に対して、いまの社会は出口を用意していません。使い捨ての仕事ばかり転がっているばかりで、正規のルートから外れた人にとても冷たい社会です。無責任に「ひきこもらないで」なんて言えないですよ。ただ、私はひきこもりは労働を拒否して革命的に「立てこもり」をしている人だと思っています。不登校も教育制度を拒否しているすばらしい革命家。これだけ多くの人が社会に「見切り」をつけている。誰も指導者がいないのに、ずっと前から「社会への拒否」が広がっています。
そろそろ「こんなに社会は崩壊しているんだ」とアピールしてもいい時期なのかなと思っています。これはけっして、当事者だけの問題ではないので、自分たちで言葉を獲得することだと思うんです。自分をがんじがらめにした怒りを、外部に向けた言葉にする。そうすれば、絶対に変えていけますよ。
――みんなで一揆をしたいですね。
そうなんですよ。今年の9月にも「家賃をタダにしろ一揆」(高円寺ニート組合主催)があって、すごいおもしろかったですよ。みんなで「家賃をタダにしろ」「礼金を返せ」「肉を食わせろ」とか言いながら、練り歩いて(笑)。でも「家賃が払えない」という状況から立ち上がったデモなので、正当な一揆なんです(笑)。
いま「働かざるもの食うべからず」という言葉さえ、通用しなくなっています。ワーキングプアなど、働いたって保障されていない問題がはっきり見えてきました。だから、私たちの要求はシンプルに「生きさせろ」と。私が取り組んでる運動は「プレカリアート」(イタリアの造語・不安定なプロレタリアートの意)と言って、すべての人が無条件に生存する権利を求める運動です。いまの社会では、ある程度の水準に達しないと、ただ生きることすら認められません。どんな状態であろうとも、ただ生きる自由がほしい。同じような問題意識を持った人は膨大な数になるはずです。不登校やひきこもりは「静かな暴動」です。一度、みんなをひっかけて大規模な暴動をしたいですね。
――ありがとうございました。(子ども編集部準備会)
(あまみや・かりん) 1975年北海道生まれ。ゴスロリ作家。幼少期からイジメを受け、リストカットと家出をくり返す。21歳のとき、右翼団体に入会。00年、自伝「生き地獄天国」(太田出版)を出版、作家デビュー。以後、右翼活動を辞め、執筆活動に専念。著書に「アトピーの女王」(太田出版)、「すごい生き方」(サンクチュアリ出版)など、多数。現在は生活も職も心も不安定さにさらされる人々(プレカリアート)の問題に取り組み、運動中。
公式HP http://www3.tokai.or.jp/amamiya/
※2007年1月1日 Fonte掲載


