ひろさちや

人生は苦?

――仏教では人生は苦だと説いていますが、それはどういうことでしょうか?
 苦しみというものは、思うがままにならないことを思うがままにしようとしたときに起こるわけです。私たちは、自分の気持ちだって、思うがままにできない。その思うがままにならないことを、きっぱりと、思うがままにならないことなんだと明らかにすること、これがあきらめなんですね。
 ところが、みんな反対のことをする。たとえば、子どもは学校に行かねばならないとか、夫婦は愛し合わなければならないとか、思うがままにならないことを「ねばならない」で縛りつけ、苦しんでいたりする。

――空ということをおっしゃっていますね
 物事というのは、いろんな見方ができます。たとえば、頭のいいことが、ものすごく価値があるかのように言われていますが、そうですか? 私も途中まで優等生でしたから、逆にわかるんですが、優等生なんてのは一番つらい、バカげた生き方ですよ。そういうふうに固定観念にとらわれず、こだわりなく自由に考え、生きるのが空です。
 知り合いのカメラマンで、鬱病になって、精神科に通って治したという人がいました。しかし、そのとたん、その人の写真は売れなくなったんですね。ありきたりの人になって、つまらない写真しか撮れなくなったんでしょうね。だから、病気もいいものかもしれない。だけど、もっと言えば、いいことだとも言わないんです。それが空です。
 自由に物を見るというのは、自分の見方をするということです。仏教では、それを自燈明と言います。しかし、みんなは世間燈明で、世間の見方に右へならえをしている。

――ご著書で、夢を持つな、とおっしゃっていますが
 夢は持たないほうがいいです。大勢の人が、理想とか目的に向かって、私が私であってはいけないと思っている。しかし、それは苦を多くするだけです。いまの自分を肯定できず、みじめになってしまう。それよりも、私はこれでいいんだと開き直れるほうがいい。

――子どもが暴れてどうしていいかわからないで悩んでいる場合などは?
 子どもが暴れるのは、親が一生懸命手錠をかけようとするから、それを外そうとして暴れるんですよ。親が暴力を加えているわけです。親が子どもをしっかりと受けとめていたら、誰が暴力なんかふるいますか。あなたはあなたでいいんだ、学校なんかより、あなたのほうが大事なんだ、こんな日本なんかがつぶれたって、あなたのほうが大事だと。それが親の愛情でしょう。ところが、親までもが国家の手先になって、一緒になって自分を責め立てる、そんなの一番憎いですよね。だから、親が自分のものさしを捨てなさいと言うわけです。
 とにかく、いまの現実を楽しく生きられればいい。不登校だったら、不登校のまま、その日その日を楽しく生きられるようにすればいいと思います。

――貴重なお話をありがとうございました。(聞き手:奥地圭子)

(ひろ・さちや)1936年大阪生まれ。本名、増原良彦。現在、評論家、大正大学客員教授。仏教を学び実践する「まんだらの会」を主宰。著書に『まんだら人生論』『仏教の歴史(全10巻)』『「宗教」の読み方』など多数。

※2000年2月1日 不登校新聞掲載