2005年7月3日、名古屋市内で開催した集会「ニートな若者のいま・みらい」(登校拒否親の会なごやと共催)より、高岡健さんの講演録を掲載する。今回は、イギリスでNEETが問題になった経緯、その社会的背景についてくわしく語られている。
※1年以上前の高岡健さんの論説がないので、代わりに講演録を経緯します。以下2005年8月1日Fonteより掲載。
今日は、「ニート」がテーマということですが、ニートという概念は、ご存知のように、イギリスの教育・雇用政策のなかから登場してきたものです。本日は、まわり道のようですが、イギリスでニートが問題となってきた社会背景、その発生と起源を見ることから考えたいと思います。それが、問題を考えるうえで、いちばんの近道になるはずですから。
◎イギリスの教育・雇用政策
イギリスの教育・雇用政策を概観すると、およそ三段階に分けられます。
第一段階は、第二次大戦直後~1960年代。この時期は、保守党と労働党の二大政党が協調・一致して政策を推進していました。「ゆりかごから墓場まで」と言われた福祉政策と、交通・エネルギー・通信など基幹産業を国営企業が担う「混合経済」の時代。義務教育は、総合制中等学校(Comprehensive School)という地区ごとに決められた学校に、誰もが行く制度でした。日本の小・中学校とおよそ同じです。基本的に、身分や経済力とは無関係に行けたわけです。
第二段階は、70年~88年です。この時期になると、二大政党間で対立が生じはじめます。保守党の政策の特徴は、「選択」と「多様性」。労働党の政策は、「平等主義」です。
当時の首相、サッチャー(保守党)の政策は新自由主義です。政府をできるだけ小さくして、自己責任を追及していく。福祉や教育予算は切りつめられ、個人を支えるのは家族だけになった。家族が支えられない場合は、政府は関知しないわけです。
第三段階は、88年~現在です。88年以降、労働党では、トニー・ブレア(現首相)が「ニューレイバー(新労働党)」のスローガンを掲げ、党内改革を進めます。従来のワーキングクラスを基盤とした労働党は「オールドレイバー」で、ニューレイバーは、「アッパーミドルクラス」を対象とした。
イギリスは、従来、少数のアッパークラスと多くのワーキングクラスの階級対立が常にある社会でした。しかし、そこに、アッパーミドルクラスという新しい中流階級が出てきたわけです。それが大きな勢力になって、サービス産業、先端技術職、専門職などを支え始め、この層を選挙基盤に据えないと、選挙に勝てなくなった。その結果、労働党と保守党の政策は、ほとんどいっしょになったんですね。
しかし、一方では、ニューアンダークラスという、新しい貧困階級が出てきました。かつてのワーキングクラスは、炭坑や製造業など第二次産業で働いていたわけですが、これが見事なまでに解体し、それを支えてきた徒弟制度も崩壊して、失業者が増え、犯罪が増えるなどの問題が出てきた。ニューアンダークラスの人が住む地域は犯罪率が非常に高くて、街は廃墟のようになっています。人の損害、物の損害を保障するのに税金が使われるので、これが拡大しては、予算が破綻してしまう。犯罪を防止するためにも、ニューアンダークラスの問題に取り組む必要性が出てきたんです。
ブレアが政権についたのは97年ですが、それ以降、労働党は、ニューアンダークラス問題に取り組み始めます。これに取り組まないと、党内が割れてしまうという党内事情もありました。そこでブレアが行なった政策が、ニューディール政策です。
これは、18~24歳で失業手当を受給している者に、①政府から補助金を受けている雇用主への就業、②森林管理や荒地再開発などのプロジェクトに参加しながらの技術修得、③ボランティア機関での労働、④フルタイムの教育を受ける、のいずれかを選ばせ、そのどこにも属さない人に対しては、失業手当を打ち切るという政策です。
しかし、その結果はといえば、その年代の若者の40%が、どこにも属さない「ステイタス・ゼロ」の状態で、この政策は、完全に失敗したと言われています。この「ステイタス・ゼロ」が、「ニート」につながっていくわけです。
◎ニートの登場
ニートの概念が最初に出てくるのは99年、政府の「社会的排除問題部局」が出したレポート「ブリッジング・ザ・ギャップ」においてです。ギャップというのは、ニューアンダークラスとのギャップですね。
このレポートで、ニートは16~18歳の9%に及ぶと発表されました。
イギリスの義務教育は16歳で終わりますが、その後、高等教育に進む人が、先進国で一番少ない。そこで就労もせず、高等教育にも進まない人は、20代になっても、フルタイムの雇用にはつながらず、ニューアンダークラスを形成しやすいと問題になったわけです。
同報告は、ニートの大きな特徴を二つあげました。ひとつは、義務教育期間において、学業達成度が非常に低いこと。もう一つは、親の状況がたいへん厳しいことです。
イギリスの、ワーキングクラスやニューアンダークラスの人たちが通う学校は非常に荒んでいて、教師が血だらけになって倒れていることもめずらしくないような状況です。危険で教師のなり手がおらず、政府が教師募集のキャンペーンをしています。
日本の識者で「イギリスでは、学校で勉強ができない人や不登校の人がニートになっている」なんて言う人がいますが、日本とは、全然背景がちがうんです。ここをまちがえては困ります。
もう一つの親の状況ですが、シングルマザーであったり、失業者であったり、障害者で十分なサポートがないとか、親自身がたいへん不利な状況に置かれています。
新自由主義政策の結果、イギリスには、若者のホームレスがものすごく増えたんですが、彼らの年齢は、驚くほど若い。彼らには、支えてくれる家族がいないんですね。
あるいは、イギリスには、旧植民地からの移民がたくさん住んでいますが、とりわけバングラディシュやパキスタンからの移民には、社会的不利益が積み重なりやすくて、そうした家庭の子どもにニートが多い。
◎施策は失敗
イギリス政府は、ニート対策として「コネクションズ」という政策を打ち出しました。これは、13~19歳のすべての若者に対して、アドバイザーをつけるという政策で、アドバイザーは資格や職業についての情報提供、グループミーティングやガイダンスをする。
99年から実施されていますが、この政策も失敗だと言われつつあります。なぜなら、すべての若者にと言いながら、実際には16~18歳のニートの若者にお金も人も投入されてしまうので、アッパーミドルクラスの人たちの不満が絶えないんです。しかも、効果がまったくない、ちっともニートの数は減っていないとの批判もある。
その結果、保守党と労働党、それからアッパーミドルクラスを代表する第三政党の自由民主党とのあいだで論争が始まっています。
力点はそれぞれちがいますが、どの党も、「職業教育をする学校の建設」「職業資格制の整備」「反社会的な行動をとる若者への治安対策」の3点をワンセットにしています。保守党は、反社会的行動をとる生徒を隔離する特別な学校をつくることや、刑務所を25%拡大することも求めています。
日本でニートが騒がれ始めたのは、おもに、昨年『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』(著・玄田有史、曲沼美恵/幻冬舎)という本が出されてからです。著者の玄田さんは、一部では、いいことも言っています。若者の失業率が高いのは、企業が雇わなくなったからであるとか、経済学者が人間の生き方に対して決めつけをしてはいけないとか。しかし、全体の本のつくりが、個人に焦点をあてたつくりになっているんですね。たとえば、ひきこもりはニートに含まれると、図まで書いて説明しています。教育・雇用政策と、個人の生き方と、まったくちがうレベルの問題を混同しているわけです。この本をきっかけにして、教育・雇用政策の問題であるニートが、個人の生き方の問題にすり替わっていくことになってしまいました。
日本政府は、ニートに相当する言葉として「若年無業者」という言葉をあててきました。そして、いくつかの統計から、その数を52万人(厚労省「労働経済白書」/2004年版)もしくは85万人(内閣府「若年無業者に関する調査」/2005年)と言っています。これは、おもには「家事手伝い」を含めるかどうかのちがいです。ちなみに内閣府のデータでは、それ以外に、就職活動をしているが職を得られない人が130万人いるとしていて、これを合わせると、若年無業者の総数は213万人にふくれあがる。
これに対して、厚労省は、合宿形式の体験活動で若者に働く意欲を高めてもらおうという「若者自立塾」や、同年代の若者が職業相談にのる「ジョブカフェ」、学校に行きながら職業訓練を並行していく「日本版デュアルシステム」などを政策として打ち出しています。さらには、財界や労組といっしょになって、「若者の人間力を高めるための国民会議」を開き、国民運動をして、人間力を高めるための「国民宣言」まで出すそうです。
いずれにしても、個人に焦点を当てた施策です。教育・雇用問題という建て方ではない。個人の内面にまで、ニートという言葉を横滑りさせてしまっている。
内閣府は、ユース・サポートセンターをつくって、ユースアドバイザーを置くと言っていますが、厚労省、内閣府とも、イギリスの失敗したコネクションズという方針を遅れて輸入していると言えます。「人間力を高める」なんていうのは、もっとも悪い政策と言わざるを得ない。
◎日本社会の教育・雇用は
日本では、この不況のなかにあっても、イギリスのような徹底的な階級分解は起きていません。統計をとれば9割以上の人が中流クラスだと回答できる状況にある。
教育について言えば、むしろ日本の場合、学校が階層化しているのではなく、均一な平等主義の学校、一種類しかないことのほうが問題になっている。一種類しかないゆえに何も身につかないまま義務教育を終えるしかない人がたくさんいる。高校に進学しても、かなりの人が中退している。高校中退・中卒の人が、若年無業者になりやすいという報告もありますが、これは理由は簡単で、専門学校に行かないかぎり資格がとれないにもかかわらず、多くの専門学校では入学するのに高卒資格が必要だからです。
雇用について言えば、かつては、企業は、何の技術も技能もない新入社員を雇い入れ、社内で教育して一人前にしていた。このシステムが崩れています。企業は、健康、医療、保険、住宅、果てはレクリエーションまで引き受けていました。しかし、いまや企業は、雇ってから育てるのではなく、はじめから語学力や資格を持っている即戦力を求めています。
◎状況に合った施策を
日本でニート問題を考えるのであれば、社会背景のちがうイギリスの、しかも失敗した施策を輸入するのではなく、日本の状況に合う施策を考えなければいけません。
教育施策でいえば、あまりに画一化した学校をどうするのか。いま、構造改革特区などで、さまざまな学校が出始めていますが、良し悪しは別として、そういうことが選挙の争点になっていくべきでしょう。
私の意見を言えば、いまの学校を半分にしてしまう。残る半分は予算を国民に返してしまう。そのお金を使って、個人が予備校に行ってもいいし、スイミングスクールに行ってもいいし、マンガスクールに行ってもいいし、何をやってもいいとする。つまり、いままで学校として認められなかったところをどんどん認めてしまうわけです。
雇用の問題でいえば、企業内で教育しなくなったわけですから、それをどこが担うか、という問題ですね。担っているところに、予算を振り分けないといけない。たとえばNPOなどに補助金を出して、技術教育、文化の伝承をしていく。
それから、いま「2007年問題」が言われていますが、2007年になると、いわゆる団塊の世代が定年退職を迎えて、退職者が急増しますね。そこで、団塊の世代がNPOや会社をつくって、若者たちに自分たちの技術や経験を伝えていきながら、企業の派遣に応じていくような仕組みをつくることができたら、おもしろいと思います。
さらには、企業のあり方や社会のあり方まで考えていかないといけない。そういう議論のなかで、あくまで教育・雇用政策としてニート問題を考えるならば、どんどん議論すればいいんです。しかし、政策に関する議論を、個人の生き方や、個人の人生観・価値観の問題と混同してはならない。
第一、政府は、いわゆるニートの人を、本当に就労させようとしているのか。これは大変疑問です。50~80万の若者がいっせいに就労したとしたら、いま働いている人が失業してしまいますから、失業率がはねあがってしまう。そんなことはするはずがない。だから、あまり効果のなさそうな政策をしているんでしょうね。政府は、1%くらいが職をみつけてくれたらいいんです。残る99%は、政府の施策にもかかわらず、自己責任で活用できず、職をみつけられなかったんだと。そう言いたいんだろうと思います。
◎価値観について考えるなら
では、生き方、人生観、価値観の問題として考えるのであれば、どう考えればよいか。
本日の集会は「ニートな若者のいま・みらい」と題されていますが、これは、たいへん見事な題だと思います。本来、英語でニートといえば、NEETではなく、NEATですね。これは「きちんとまとまった、きちんと整理された」と言う意味で、机の上がキチンと片づいていたり、服装がスッキリとしているときに、あるいはウィスキーのストレートなんかをNEATと言いますね。
それを人間の生き方にあてはめるとすると、スッキリとした、シンプルで混ぜもののない、ピュアな生き方、ということになるのではないでしょうか。そういう生き方の問題として考えるのであれば、これはいいと思うんです。自分の人生の一部としてはNEETであっても、生き方としてはNEATである、と。
他者から生き方を規定されてしまう必要はまったくないし、そんな施策は、お断りすればいいわけです。それぞれが、自分の考え方や哲学に合った生き方をしていけばいい。
私の経験を言えば、医者になって3年目に、大学病院を事実上クビになったことがあります。次の勤務先の病院が見つかったとき、考えるところあって、週3日勤務にさせてもらいました。そのころ、よく、子どもを乳母車に乗せて公園に遊びに行きました。あの時代が一番楽しかったですね。いろんな事情から、そうもいかなくなってしまいましたが、ああいう生き方を、今でもしたい。本当は、働かないですむなら、それがベストです。
みなさんも、自分の生き方のスタイルを貫いていかれたらいいと思います。生きていれば、ピュアで、NEATな生き方ばかりできなくて、どこかで、手を汚さないといけない局面もあるかもしれない。でも、それはそれとして、気持ちとしては、NEATが一番いいんだという気持ちをもって、生きていけたらいいんだと思います。
※注 NEET Not in Employment, Education or Trainingの略。「就職せず、学校機関に所属せず、就労に向けた具体的な動きをしていない者」とされているが、統計の取り方などは、省庁によって異なる。
※Fonte 2005年8月1日・15日号掲載


