今夏の学校基本調査速報で、不登校の小・中学生の数が約8000人減ったという報道は、各方面に複雑な波紋を投げかけました。不登校を否定的にとらえる世論と教育現場では、増加に歯止めがかかったと好意的に受けとめています。しかし、当事者である子どもと親、あるいは全国各地にある登校拒否を考える会などの市民グループでは、日常の生活や活動から得られる実感とのズレにとまどいを抱いているように見受けられます。
昨年来、「不登校に関する調査研究協力者会議」が問題にした「不登校容認の行き過ぎ」論が学校現場に影響力を持ち、登校圧力が増した感があります。不登校の子どもの数の減少は、子どもたちがさらに休みにくくなっている現状を反映しているのではないでしょうか。
不登校について考えるとき、私はいつも、子どもたちが1年間に30日程度休むことがそんなに大問題なのかという疑問を抱きます。働く大人たちは年間20日間の有給休暇があります。そのほかに生理休暇、家族に病人をかかえたときに介護休暇など、各種の休暇がとれる制度があります。ところが心身ともに成長過程にあり、大人に比べて体力的にも精神的にも安定性を欠く子どもたちには、休暇制度がないのです。病気や大きなケガをしたとき以外は休めないのです。そればかりか、1年間に30日、1カ月平均にして2~3日休むと、不登校として大人たちから白眼視され、社会から疎外されてしまうのです。
学校に子どもの人権はないと言われて久しいですが、自己都合で休暇をとることを制度的に認めない学校は、子どもたちから人間としての権利を奪い、教育奴隷化している社会とも言えます。
1966年以来、文部省は年間50日以上学校を休む子どもたちを学校嫌い=登校拒否と認定し、一貫して子どもの資質や家庭の養育態度を問題とし、治療や矯正の対象としてきました。「登校拒否はどの子にも起こりうる」と認識を転換したあとも、休むことは否定し、学校復帰対策が講じられて40年近くになります。登校を拒否し、不登校をしている子どもたちへの誤解や偏見は年ごとに増大し続けています。
さらに、学齢期の子どもたちが抱く、不登校への偏見には、根深いものがあります。不登校をしている子どもたちへの誤解もさることながら、休めない学校生活への苦痛は深刻です。ある学生が書いた体験記を読んでください。
「学校に行きたいのに不登校せざるをえないという考えが、私には理解できない。行きたいなら行けよ! って思う。逃げんじゃねーよ! って思う。私は小~中まで地獄だった。親は教師で厳格な、とても厳格な家だった。私は学校が楽しいと思ったことは一度もない。むしろ何もかもいやだった。すべて消してやりたかった。学校なんかとりあえず行きたくなかったから、何か休む理由がほしかった。何度も水風呂に入った。何度も真冬とかに窓全開で裸で寝た。そして何度も階段から落ちてみた。でも、私の体はどうとう丈夫だったからか、病気になることもケガをすることもなかった。毎日毎日息がつまった。でも私は学校へ行った。行かねばならなかった。私は私の心を殺して、母のあやつり人形のように、優等生マシーンのように中学校卒業まで通い続けた。だから、あのころ毎晩自分の手首をカミソリで切った。死ぬなんてこわくなかった。遺書も書いた。どれだけ、どれだけ私が苦しんでいたか、その苦しみをまったく気づいてくれなかった先生や親に見せつけるために死んでやりたかった」
不登校への否定的認識と対策が、学校を休めない子どもたちを広範に生んでいます。その心の闇の深さを大人たちは想像したことがあるのでしょうか。自ら命を断っていった子どもたちの多くが、いじめや学校での人権侵害などに苦しみながら、学校は通い続けていました。すべての子どもたちに、学校を休む権利の保障が求められます。自己都合で年間30日程度、学校を休む権利が保障されたら、不登校問題はガラリと様相を変えるでしょう。休む子どもが問題視されなくなったときに、学校の抱える病理がはじめてクリアになるのではないでしょうか。(子ども相談室「モモの部屋」主宰)
※2003年10月1日 Fonte


