昨年10月、福岡市で、生まれてから18年間にわたって、わが子を家の中で監禁状態にしていた母親が逮捕された。監禁だから、母親は娘を小学校にも中学校にも通わせていなかった。くりかえし家庭訪問する教員に、母親は、学校に行かせない理由を「障がいと、それにともなう症状があるため」と述べた。
なぜ、そんな虚偽を述べたのかは定かではない。明らかなことは、この虚偽の理由がプライバシーの壁と一つになって、9年間、教員も教育委員会も、児童相談所の職員も、地域の民生委員も児童委員さえも誰ひとり、子どもの無事な姿をたったの一度も確認できないという異様な結果につながったということだ。
児童相談所は、実際は目撃者はいなかったのだが、少女が遊んでいるのを見たという、あやふやな目撃情報を、自分たちの不安を打ち消す材料にしてしまった。これらが、当初から異常事態を疑ってしかるべき理由があったにもかかわらず、一歩踏み込んだ対応をためらわせる理由となったのである。
少し前、新潟で少女が誘拐され、9年間にもわたって監禁され、生きて見つけ出されたことがあった。福岡の事件が発覚したとき、思い出したのが、この新潟監禁事件だった。実際、親は少女を学校に行かせないだけでなく、外出どころか、家の中での行動もままならないほどに少女の自由を奪っていたのだ。むろん虐待であり、この虐待の様相を関係者はネグレクトという言葉で捉えようとした。
「長期間にわたり、教育を受ける権利や自由に外出したり社会活動に参加する権利を奪われていたもので、このことは子どもの重大な権利侵害であり、かつ、子どもの心身の健康な発達を阻害する重度のネグレクトであった」(「福岡市児童虐待防止のための早期発見・支援及び連携のあり方に関する報告書」平成18年4月)
ネグレクトを一言で表せば、親の養育放棄ということになるだろう。親であるのに、子どもと関わることに極端に消極的であることが養育放棄というかたちで現れるのだが、その発見は、そんなに難しくない。だが、養育放棄が監禁という積極的なかたちをとった例は、きわめてめずらしく、最近では、大阪の岸和田であった事件が思い起こせるくらいであり、発見も簡単ではない。
ところで、先の報告書は、この事件を、おもに「学校に行かせない」という視点からのみネグレクトであるとみなし、このようなネグレクトに対する対処の仕方が、これまで十分に検討されてこなかったと述べている。そして、不就学だけでなく、ひきこもりがちに暮らしている家族や子どもまでを視野に入れた情報網の不足を指摘している。
こうした報告書を踏まえて、「児童生徒の虐待防止マニュアル」が作成されている。そこにはしかし、ネグレクトと特異形態である監禁についての記述はない。また、不登校している子どもや、ひきこもりがちな人のいる家庭とネグレクト家庭とのあいだにあるはずの相違を見る視点も盛られていないのである。(評論家)
※2006年7月1日 Fonte掲載


