安倍内閣は、発足当初から「教員免許の更新制度の導入」を宣言してきました。この制度は、日本の現職教員約110万人にも適用し、10年ごとに30時間の講習を受けさせ、修了しない教員は免許が失効、失職する仕組みです(2006年7月中教審答申)。
このような制度を導入することで、はたして教員の資質向上がはかれるのか、教員に対する国民の信頼を回復できるのか。制度導入の表向きの理由とは裏腹に、むしろ世間の反応は逆のようです。たとえば中教審答申が出た7月は教員採用試験の時期と重なり、受験期の学生たちが一様に動揺していました。彼らの目からは「教師はもう安定職ではなくなった」(実習報告会での学生の発言)ようです。
10年間しか通用しない免許にしておいて、教育に情熱を持った人材が確保されるとは思えません。それに期限免許で教師に対する国民の信頼を回復させることができるのでしょうか。それよりも、研修制度の充実や免許基準の引き上げを図る方が先決ではないでしょうか。ではなぜこの時期に、ということになります。
一部の「不適格教員の排除」論だけでは、100万人以上の教師が影響を受ける制度改革を断行する理由としては弱すぎます。うがった見方をすれば、規制緩和で権限を失いつつある文部科学省が、「講習認定権限」を持つことで失地回復を狙った、という見方もありますが、省内の利害でこれだけの国家的事業をおこすことにも不自然さがあります。
そこで気づいたことは、今回の教育基本法の改正との接点です。改正と新制度導入をつなげて考えると、国が明らかに「教師」観の転換を図ろうとしている意図が読み取れます。
すなわち「専門職型教師」観から、「目標管理型教師」観への転換です。世界でも前例のないこの制度をなぜ、日本だけが導入しようとしているのか。もともと教員は「教育専門職」(ILO・ユネスコ「教員の地位に関する勧告」など)であり、専門職とは経験を積むほど専門性は高くなる、と考えるのが国際常識であり免許更新などはありえませんでした。唯一の例外は、身体的能力の劣化により人命を危うくしないために、パイロットやドライバーに課した「免許更新」でした。つまり、今回の導入は、そのような「専門職」観をとらず、別な意図のもとで教師のあり方を変更しようとしているように思えます。
この臨時国会に提出されている「教育基本法改正」政府案では、6条2項の教員が「全体の奉仕者」であるという文言を削除しました。この文言はやはり削除された10条の「教育の国民全体に対する直接責任」性の原理と不可分のものであり、「人間教育」(1条)基本法制を支えていく教師の基本的な考えを示してきました。
すなわち日本の教師は「不当な支配に服することなく」、その教育専門職性をもって国民全体に対し直接責任を負って教育を為していく、という考え方でした。今回の改正は、こうした教師=専門職観を否定し、愛国心教育など新2条などで国が示した教育目標を効率よく達成・管理していく教師、すなわち「目標管理型」教師へと転換することがねらいであった、と読み取れるのです。(子どもの権利条約ネットワーク代表)
※2006年11月15日 Fonte掲載


