埼玉県久喜市11月12日、6階の立体駐車場から、中3女子二人が飛び降り自殺をした。14歳の女子生徒は1年の3学期から、15歳の女子生徒は2年のはじめから、校内の空き教室を利用して、開設されている「さわやか相談室」に通っていた。

 死ぬ前々日の夜、14歳の子の家に二人で泊まり、前日午後3時ごろ、15歳の子どもを送っていく、と二人で出たまま行方がわからなくなった。夜をどこでどう過ごしたのだろうか。12日といえば、月曜日、また1週間がはじまるというその朝午前6時、遺書のようなメモの入ったビニール袋とそれぞれのカバンを残して、二人は死を決行してしまった。メモには「生きているのに疲れた」とあった。

 この事件は、今年の不登校をめぐる状況の象徴的事件だと私は感じた。

 「この子たちは、不登校じゃないんですが」テレビのニュース番組のキャスターがそう言ったので、えっ、また? と思ったのだ。実は今年、私たちが登校拒否・不登校という概念でとらえてる状態を「不登校じゃない」という人に何人もあった。たとえば、東京シューレに見学に来た母親は「うちは保健室に行けているので不登校じゃないんですけど」と言い、学校の先生は「スクールカウンセラーのところに午後だけ行けているので不登校ではない子だが」と表現した。

 以前は、教室に入れない場合、学校へ登校せず自宅で過ごした。しかし、登校が促され、あるいは、学校を休むことをできるだけさせないために、教室に来られないなら、保健室、図書室、会議室などへの登校が奨励された。そのうち、少子化で空き教室が増えてくると相談室、心の教室などができ、それら別室登校をやっている子が大変に増えた。

 はじめそれらは「不登校の対策」と言っていたのが、いつのまにか、かたちが登校していれば「不登校ではない」となってきつつある。無理に不登校と決めつけなくていいわけだが、ここには重要な問題がひそんでいると思われる。つまり不登校を否定し、不登校を問題行動とみる行政施策と、不登校はダメ、困る、ふつうじゃない、という社会の価値観のなかで、わが子を不登校と認めたくない親、不登校を出したくない教師の思わくもからんで、不登校する権利も奪われ、学校へ囲まれてしまう状況が現出しているのである。

 そのなかで、二人の自殺は起こった。二人は、教室に入れなかったので、相談室登校になった。しかし、学校側の指導は「教室に戻ることを目指し、働きかけをしてきた。相談室でクラスメートに一緒に授業を受けさせたり、給食だけをいっしょに食べさせたりした」(本紙取材・教頭談)これは実にプレッシャーを与えたであろう。その証拠に「しかし、結果的には上手くいかなかった。彼女たちが集団のなかに入ろうとするより、二人がいっそう仲良くなり、集団とは逆方向に向いてしまった」と教頭が語っていることからもわかる。ひとりの中1のときの文集には「相談室は一時的な場所なので3年間もいられません。だから、2年生からはクラスも変わるのでがんばりたいです」と書かれていて、居場所のないサマが痛々しく伝わってくる。でも、やはり教室に入れなかった。2年生の文集は「進歩ゼロ」ではじまっている。

 校長は「具体的にどこをどう支援してあげたらいいかわからなかった」と言い、教育委員会は「命の大切さを子どもに指導する」と決めたという。

 子どもの存在が発しているものを受けとめず、ずれた対応をしている現場がよく見える事件だ。家庭にいる子に学校へのお迎えが来たとき、かつて親が防波堤となった。別室登校で、学校の指導にお任せでは、防波堤もない。2年近くも教室へ戻る努力と、できない自分の葛藤、そして中3という高校受験や卒業を目前に控えた11月、文字通り生きることに疲れ、死を選んだ。

 もし、二人に学校以外の道もあることが知らされていれば、またちがっていたと思われる。あくまで学校復帰、教室復帰にこだわっている教育政策と価値観変革を強く訴えたい。(本紙理事・NPO法人東京シューレ理事長)

※2001年12月15日 Fonte掲載