私には24歳と23歳、18歳の子どもがいる。

 二人を年子で生み、慣れない育児に四苦八苦しながらも、専業主婦として親子4人、いつもいっしょに公園で遊んだり旅行へ行くのを楽しみに毎日過ごしてきた。そして生まれた末の息子。前から子どもが3人ほしかったので、願いはかなったけれど、もう育児だけに専念できなかった。自分の歳もあって、「このまま子育てだけで終わりたくない」というあせりもあったし、もともと持っていた性格が疼き出したのかもしれない。子育てを通してPTAやサークル活動など、いろいろな体験をしていくおもしろさも知ってしまった。それでも子どもを連れて活動できているあいだはよかったが、NPOの活動に関わるようになって、充実感とともにそれなりの責任も感じるようになった。その結果、忙しさにかまけて子どもの心に寄り添えず、結局、末の息子には寂しい思いをずっとさせてしまった。中学で不登校になってから、息子が不安なときや苦しいときそのことを責められた。

 私自身のわがまま、私自身の自己実現、それを結局、最優先にしてしまったことは、私自身がよーくわかっている。でも……それでも、続けていきたいという思いをなかなか断ち切れなかった。「息子が元気になったら、またできるんだから、いま、あせらなくても……」「しっかり子どもの心に向き合ってこなかったツケが回ってきたんだ……」と自分に言い聞かせてはみても、その要求に答えられないジレンマ。「私のせいでこの子が不登校になってこんなに苦しんでいるのか、私もこのまま自分のしたいこともできずに歳をとってしまうのか」。まるで自分の存在自体も意味のないもののように感じ悩んだ時期もあった。

 いつごろからか、だんだんと「過去や未来にこだわらなくてもいいんだ、いまの不安がそう言わせているんだ」と思うようになった。「その日その日、できることをやっていこう! 息子が私を必要とするときはそれを最優先にして、そのときは誰かにお願いしよう! 一人で抱え込まず、いつでも助けてくれる仲間を増やそう!」と肩の力を抜くことで、ずいぶん楽になった。息子との体験で、「他人の思惑なんか気にしなくていいんだ、あるがままの私でいいんだ」と思えるようになってきた。

 今でも出かける日が続くと、息子に「このごろ、よく出るね」と一言、クギを刺されるけれど、ずいぶんと理解してくれるようになってきた。あのころの私は、いったい何にあせっていたのだろう? 常識や世間から解放されるとなんて自由な心でいられるのだろう。

 この歳になったからこそできることがあるということもわかって、自分がやってきたことに自信が持てるようになってきた。「大切なことは何!?」と問いかけてきた息子に教えられながら、ここまで来られたと感謝している。(千葉県 服部眞理子)

※Fonte 2007年8月1日号掲載