わが家の娘は小学校4年生で不登校になり、中学を卒業するまでの6年間を家庭で過ごしました。この間、親子ともども悩んだり、不安だったり、あせったりと、いろいろでした。でも、私たちを励ましたり応援してくださる方たちもたくさんいました。本人、支えてくださった方たち、家族が私に忘れられない言葉をたくさん残してくれました。

「死のうと思ったけど、お母さんが悲しむと思ってやめたの」。娘が5年生のときに言いました。心の底から「この子を守らなければ」と思いました。同時に、娘の心のなかに親が存在していてくれたことにホッとしました。

 「お母さん、学校は休んじゃダメなんだよ。一日休むと次の日に二日分、二日休むとその次の日に三日分勉強しなくちゃならないんだよ。だから学校は休んだらダメなんだよ」。不登校になってから言った言葉です。わずか9歳の子どもがこんな思いで学校に行っていたかと思うと胸がつぶれる思いがしました。休んでいても頭から「学校」が離れることのなかった時期のことです。

 「学校に行かないでいいって言ってくれたから、私はしあわせ」。不登校になってお友だちが離れていくし、学校へ行けない自分を肯定できない時期でしたので「幸せ」と言う言葉が出てくるとは思いませんでした。それほど学校へ行くことがつらかったのかと、あらためて思いました。

 「子どもを守れるのは学校ではありません、親ですよ」。休み始めたころに、かかりつけの小児科のお医者さんがおっしゃった言葉です。不登校と正面から向き合おうと心に決めた言葉です。

 「子どもは元気がいちばん」。あたり前のことなのですけれど、目先の不安や心配に気を取られ、見失いがちになります。ときどき、夫が「子どもは元気がいちばん」と言ってくれます。

 「お姉ちゃんは学校じゃないところで勉強しているんだね」。3歳年下の弟が姉の不登校を理解したときの言葉です。それまでは「なぜ学校に行かないの?」と言っていました。

 娘は16歳になるときに東京シューレに入会し、現在19歳になりました。たくさんの人に支えられ、元気を取り戻し、大人への階段を一歩ずつ登っている最中です。不登校をマイナスだと考えず、自分にとってよかったことだと考えられるようになったことが何よりと親は思っています。(東京都 窪田洋子)

※Fonte 2006年12月15日号掲載