わが家の娘は中2の3学期から不登校気味でした。「学校へ行きたいので送って」というので毎朝、車で送ったこともありますが、じょじょに教室に入れなくなり、保健室で過ごすようになりました。まもなく保健室登校も断続的になり、フリースクールにも通い始めました。しかし、今年9月に入って「このままではニートになる」と言い出し、受験をするようです。本人が受験したいというので応援していくつもりですが、自分で言うわりに勉強が手につかず、最近ではイライラがひどく眠れなかったりと体調も優れずに不安です。どうしたらいいでしょうか?

◎ 言葉の奥にあるものを理解して

 本人の意志や気持ちを尊重することと子どもの言葉どおり動くことはいっしょのことではない、と感じます。本人の心によりそうことと、やりたいようにやらせることも同一のことではないのではないかと思います。

 ひと昔前は、「学校に行かせたい」という親の不安や思いに親自身が気がつき、子どもに登校圧力をかけず、子どもが自由にすごせる状況をつくるだけでも大きな意味がありました。しかしいま、親が子どもの言うとおりにし、子どものやりたいことに協力しているからいい結果がうまれるというほど、状況はかんたんではないのだと思います。

 毎朝、お母さんが車で学校まで送ってあげたこともそうでしょう。娘さんは学校に行くのが、何らかの理由で、すでにつらくなっているはずです。でも、「学校に行きたいから車で送って」と言ったのはなぜなのでしょうか。教室に入れない状況があるなかで保健室には行くというのはなぜなのでしょうか。そして、勉強が手につかないほど、心も体も受験を拒否しているにもかかわらず高校へ行こうとしているのはなぜでしょうか。

 そうした「なぜ」をよく考え、お子さんのようすから感じとったうえで、お子さんの「言葉の奥にあるもの」を理解する必要があるのではないでしょうか。子どもは「学校へ行かなければならない」と思えば「行きたい」と言葉にし、ときには「車で送って」とも言うでしょう。しかし、そうした関わり方が本当に子どものやりたいことに協力しているのか、じつは、ますます無理を重ねさせているかもしれない点も、考えねばなりません。かといって休むほうがいいと親が押し付けていいわけでもありません。子どもは必死で行こうとしている気持ちと、学校へ行く苦しさを「わかってくれない」と思うかもしれないからです。では、どうしたらいいのか、再度、その「なぜ」を考えていただくなかにヒントがあるように思います。(奥地圭子)

※Fonte 2006年10月1日号掲載