9月特集は、Fonteで掲載された「論説」をアップします。アップ予定は下記のとおり。
1週目:安住磨奈さん「ニートという言葉が」
2週目:芹沢俊介さん「長崎佐世保同級生殺害事件」
3週目:小沢牧子さん「人を比べることは、はしたない」
4週目:浜田寿美男さん「凛とした貧しさとぼやけた豊かさ」
9月特集は、Fonteで掲載された「論説」をアップします。アップ予定は下記のとおり。
1週目:安住磨奈さん「ニートという言葉が」
2週目:芹沢俊介さん「長崎佐世保同級生殺害事件」
3週目:小沢牧子さん「人を比べることは、はしたない」
4週目:浜田寿美男さん「凛とした貧しさとぼやけた豊かさ」
ニートという言葉が、あっという間に広まった。川柳でも見かけるし、お笑いのネタでも聞くし、世のなかの動きにウトイ私が知っているということは、ほぼ全国区で定着しつつあるのだろうと思う。
ちなみに見かけた川柳は、私にはなじみの深いドラクエにかけたもので「ニートが斧をふりあげた! 勇者はハローワークをとなえた!」みたいな感じだったと思う。作品としてはおもしろくても、そこにはほんのりとした毒をはらんでいる。おりしもさまざまな「無職少年」が事件の加害者として報道される時代なのだから。
11歳の少女が同級生を殺害した。それも誤ってではなく、殺意をもって。この佐世保の事件を考えるための私なりの前提を二つだけ書いておきたい。
第一に、佐世保の事件は一対一の人間関係のドラマというかたちをとったのだ。仲良しの少女二人、A子さんとB子さんの一対一の関係のなかで起きたできごと。対関係のドラマ、二人が主人公のドラマであったということである。
子どものころ、まわりのおとなたちが「人を比べることは、はしたない」と、折々に口にするのを耳にした。誰より彼のほうが美人だとか、あの人よりこの人のほうが賢いとか、そういう話題を控えなさいという、暮らしのなかの戒めだったのだろう。その背後には、みんながいっしょに生きていくうえで、人の比較はおたがいの関係を悪くするのだよとの知恵が働いていたのだと思う。
中学3年の途中から不登校になり、あれこれ道に迷い、いまもう28歳になる次男がようやく仕事に就こうとしている。その姿を見てあらためてぼく自身の子ども時代を思う。
ぼくは小豆島で生まれ育った。子どものころ家は貧しかった。醤油屋を営むお金持ちの家が隣にあって、そこの子どもたちが何かにつけうらやましかったことを憶えている。しかしいま振り返ると、かつてのあの貧乏だった生活が凛として見える。たぶんにノスタルジーのせいだということはわかっている。いまのぼくが、かつての貧しさに引き戻されれば、おそらく数日でさえ辛抱できまい。それでもその貧乏が懐かしいのは、たんに郷愁だけでないという思いがある。