――まず、イラクへの自衛隊派遣についてお聞きしたいのですが
 自衛隊派遣は侵略戦争に荷担するだけです。「人道支援」と言いながら軍隊を送っていますが、軍隊は人を殺すことが職業です。くさった男のなれの果てがドメスティックバイオレンスなら、くさった国家のなれの果てが軍事力行使です。日本がいくら「人道支援」だと言っても、自衛隊は「日本軍」としか見られない。自衛隊派遣は、日本が戦争状態に突入し、日本も攻撃の対象になったということです。
 先日、フセインさんが拘束されたとき、新聞の見出しに「フセイン生け捕り」と書かれていましたが、彼がアメリカに何をしたのですか? 彼はイラクの国民に対しては殺戮者ですよ。しかし、その国の指導者がひどいからと言って、市民に爆弾を落としていいのですか? 戦争をしかけた理由の大量破壊兵器さえ見つかっていない。それなのに日本はアメリカの尻馬に乗っている。

政府の姿勢は子どもにも

 実は、今回にかぎらず、日本は戦後ずっと、強い側であるアメリカの尻馬に乗って「戦争商人」として生きてきたんです。今回は、その本質がハッキリと見えただけです。
 そして、それが子どもにまで蔓延、浸透している。たとえば中・高校生の調査でも、約半数はいじめを「見て見ぬ振りをする」と答えています。
 私は、子どものころから学校に行ける奴は変だと思ってました。なぜなら、学校では先生に媚びる奴だけが生き残っていく。だから、弱い人は守らないといけないけど、強いヤツは叩いてもいいと思ってました(笑)。
 私が尊敬していた先生は、定年退職の間際、「どんなことがあっても、おまえの子どもは公立学校には入れるな。学校が壊れ、家庭が壊れ、子どもたちは両方で壊されていく。どんなことがあってもそこから逃げろ」と言っていました。彼は、素朴に子どものために生きてきた先生でした。

――日本の構図は、なかなか変わらないですね
 日本は世襲制社会だからですよ。天皇の子は天皇、社長の子は社長、金持ちの子は金持ち。二世、三世の政治家がどれだけ多いことか。民主制を標榜していながら、気がついてみれば世襲制度の社会をつくり上げてしまった。しかも、無意識にできあがってしまった制度だから、歯止めがない。世襲制社会は能力主義を排除するから、そのなかから生まれるのは決定的な無力感です。あきらめ、見放し、小さな満足で落ち着いてしまう。
 日本には、民衆が体制の暴走を止めたという体験学習がない。体制から外れた人間がどうなるかは学校のなかで見せつけられる。権力に逆らって幸せに生きられた奴を見たことがないから、体制のなかでうまく生きよう、と思ってしまう。
 日本は、自民党政治と天皇制によって、「社会変革はできない」という無力感の植えつけと、「落ちる奴は努力が足りない」という個人への責任転嫁に成功してきたんです。

北朝鮮の脅威?

――北朝鮮についての報道をどう見ていますか?
 300万人が餓死するような状況にある北朝鮮を、メディアは弄んでいるだけです。たとえば、北朝鮮が日本を攻撃してこないことなど明白です。彼らは一貫して体制維持だけを条件として米国と交渉をしている。つまり、俺のシマだけはなんとか残してくれ、そうすればこれ以上何もしないよという降参宣言を出し続けているんです。
 しかも、あるシンクタンクの研究によると北朝鮮の国力は千葉県の船橋市ひとつと同程度です。船橋市が世界第1位と第2位の軍事力を持った国に何かできると思いますか? アメリカの戦略上、北朝鮮を鬼っ子にしておくことで軍事力に存在理由を持たせているだけです。そして日本はアメリカを味方にしておけばマーケット上のメリットがある。「来るぞ!」と叫んでパニックをあおって儲けるのはマスコミも同じ。視聴率が取れる。その報道に踊らされた人々が在日を叩き、北朝鮮の飢えた人を見捨て、拉致被害者を弄んでいる。

根底にある差別意識

 多くの日本人は、北朝鮮に自分たちの思い出したくない醜い姿、天皇の前にひれ伏した自分たちの姿を見ているんです。だから気持ち悪くてパニックになる。さらに、自分たちが朝鮮人を叩き続けてきたという恐怖心がある。私が石原都知事に「災害時に外国籍住民が騒擾事件を起こしたことなど世界の歴史上一度もない。関東大震災のとき日本人が朝鮮人を虐殺したという唯一の逆の例があるだけだ」と言ったら、石原は「だから、今度はやられるんだ」と言いました。その発想が、差別を脱ぎ去れない多くの日本人の根底にある。(つづく)

(しん・すご) 1959年東京生まれ。85年、人材育成会社(株)香科舎を設立。人材コンサルタントとして活躍する一方、コメンテーターとしてテレビ、ラジオ、聞などにも出演。2000年からは、石原やめろネットワーク共同代表や「多文化探検隊」を主宰している。

※2004年1月1日 不登校新聞掲載