職員会議について、巷で少し話題になり始めている。東京都立三鷹高校の土肥校長が、東京都教育委員会が出した「職員会議において『挙手』『採決』などの方法を用いて職員の意向を確認するような運営は不適切であり、行なわないこと」という通知(2006年4月13日、中村正彦教育長)に対して異論を唱えたことが大問題になっている。つまり、職員会議で異議が出たとき、結論は校長の判断に委ねることを、都教委はあえて「通知」という「強制力の発動」で徹底しようとしたのだ。土肥校長は、この「強制」に異議を唱え、現在都教委にこの問題に関する公開討論を呼びかけている。都教委は「内部の問題」ということでこの要求を拒否し続けている。
職員会議は、学校運営に関するさまざまな事項を検討する、学校ではもっとも大きな会議だ。小、中、高校ともだいたい、月一回のペースで開催されている。構成メンバーが教員中心(教員以外の参加者は、栄養士、事務職員ぐらいで警備主事、給食調理主事、用務主事などはまず参加していない)なので、ごく一部では「教員会議」と呼んでいるところもある。しかし、必要があれば教員以外の職員を呼んで、職員会議が運営されるというケースも当然ありえる。
そこで話し合われる内容は、学校全体に関することである。つまり職員会議がなければ、学校はまわっていかない重要な機関だ。この会議で納得できなければ、職員がやる気をもって教育活動をすすめることができないという位置づけをもっている。学校を構成する全職員にやる気を持たせる場としての職員会議だと、言えると思う。しかし実情はかなりちがう。
決定が降りてくる
僕の経験した実例として、職員会議で一度決まったことがくつがえされて「決定が降りてきた」ということがある。
5年前渋谷区のある小学校で経験したことだ。僕は当時6年生を担任していた。卒業式が近づいてきた2月の職員会議で、急に卒業式の中身の変更を校長に言い渡されたのである。卒業する6年生の子どもたちが、保護者や在校生(1~5年生)と向かい合って校歌を歌う場面でわざわざ向きなおして、正面の「日の丸」に向かって歌うというふうにするよう校長に言われたのだ。僕は反対し、職員会議でも発言したが受け入れられなかった。そのとき悔しかったのは、その理由を言われなかったことだ。その結果、僕は納得したかたちで卒業式を運営していくことができなくなった。
くさびを入れないかぎり
事例はさまざまだが僕の友人の教員から職員会議で決まってもいないことが、急に「上から降りてきた」という話をよく聞く。聞いてみると、夏休みに補習をやるとか放課後に学力向上のためのボランティアを募集するといったことだ。これらは、最近よく聞かれる「学力向上」のためのプロジェクトとして多くの学校で始まっている事業だ。新しいことが別に悪いというのではないのだが、教職員が「納得」していないという雰囲気が、いま学校で充満している。
東京で起きている職員会議の問題は、その氷山の一角であるような気がする。ここに、くさびを入れないかぎり学校は、絶対によくならないだろう。
(湯本雅典・ゆもとまさのり)1954年生まれ。80~06年まで東京都公立小学校教員。51歳で中途・自主退職。現在は、自営業の傍ら、私塾「じゃがいもじゅく」の運営、自主制作映画つくりをすすめている。
2009年1月15日 Fonte掲載


