「習熟度別授業」。僕の記憶では当初は「チームティーチング(T・T)」と言っていた。それが、「少人数授業」と呼ばれ、現在は「習熟度別」授業となった。導入の趣旨は、「多くの教師の眼で子どもたちをみる」であった。この理由には親は反対しない。だから、あっというまに全国に広まったのだ。
 やりかたは、例えば学年2クラスの場合、全体を3つのコースに分ける。分ける基準は、学習能力のレベルだ。この分け方が難しい。教育委員会は、「子どもたちの気持ちを考え、コースを希望制にするなど配慮をしてほしい」と言ってくる。親の反発を考えてのことだ。だから実態は「能力別」でも名前は「習熟度別」なのだ。 
 コースの名称も子どもや親にさとられないよう「うさぎさん」「くまさん」「りすさん」などの名称にしている学校が多い。僕も現役のとき、希望制にし親御さんの了承を得るというやり方をとっていた。しかし、本音では子どもの「レベル」をしっかり考慮し、教師の腹案と子どもの希望が一致することを願ってやっていた。しかしその願いは、残念ながらかなわない。
 「下のコース」は嫌だという子は、かならず出る。「上のコース」の学習についていけないとわかっていても、子どもは上に行きたいのだ。それが自然な心理である。僕は、そう言ってきた子にうまく「説得」できたことがない。今考えても、「習熟度別」クラス編成という仕事は、本当に嫌な仕事だったと思う。何でもっと反対できなかったのか。
大人に通底
する競争原理 
 職員会議でも、世間話でも「習熟度別」は嫌だという話は教員のあいだでほとんど出てこない。僕も「習熟度別」には絶対反対だが、反対を言い続けてきたかというと自信がない。どこかで諦めてしまった自分がいる。その原因はいろいろあると思うが、僕たちが小さいころから「競争原理」のなかで育ってきたということが一番の原因ではないかと思う。心のどこかで、「競争も必要」と思っているのだ。それは、教員だけでなく大人全般に言えると思う。
 僕が学習塾を開いている品川区のある小学校では、「A」「B」「C」と3つのコースがある。80点なら「A」というように、選定基準はテストの点数だ。ならば、「能力別」授業という名称にすればいいと思うのだが、そうはならない。怖いのは、保護者が反対していないということだ。能力優先の学習方法がまかり通り、子どものあいだでもそれが当たり前になってきたということなのだろうか?
 「いじめ」問題の原因は何なのか。いじめる側が、性格が悪いからなのか。ちがうと思う。「差別」意識から「いじめ」は起こる。能力主義教育が何をもたらしていくのか。これからもしっかり学校を見つめていきたい。

(湯本雅典・ゆもとまさのり)1954年生まれ。80~06年まで東京都公立小学校教員。51歳で中途・自主退職。現在は、自営業の傍ら、私塾「じゃがいもじゅく」の運営、自主制作映画つくりをすすめている。

2008年12月15日 Fonte掲載