Fonteは、よく「学校の先生の意見は聞かないの?」と言われます。いえいえ、そんなことはありません。Fonteで話してくれる学校の先生が少ないのは確かですが、きちんと学校の先生が連載を持って執筆をしていただきました。5月の特集は「先生が語る学校のナゼ」です。
10年5月特集-先生が語る学校のナゼ
- ■ 「前へならえ」から派生する学校のナゼ
-
今から28年前、僕が新卒教員だったころ、学校の仕事で一番嫌だったのが朝礼台の上で「号令」をかけることだった。
毎週月曜日には、朝礼があって、「日直」の先生が「号令」をかける。500人以上の子どもたちの目が僕に集中している(ように見える)。その緊張感をふりはらうかのように、お腹に力を入れて、まず怒鳴るのが「気をつけ!」「前へ、ならえ」。そして「なおれ!」。それでもだめならおまけに「もう一度、前へ、ならえ!」「なおれ」。 - ■ すべての子どもを対象としない「全国共通学力テスト」
-
「共通テスト」が全国で行なわれている。しかし、「共通テスト」には、誰が見てもおかしいことがある。解答用紙が返却されないのである。
テスト結果については、とても詳細な報告が個々人に配られる。そこで学校の平均、区の平均と比べて自分が上か下かが判定されるのだ。しかし、解答用紙に子どもが書いた「解答」が返されないで、「どこがどうしてまちがったか」が明らかになるだろうか。ひどい場合、問題用紙まで回収される。なおさら、事後の指導ができない。
このことを区教育委員会の指導主事に質問したところ、「共通テストを実施している業者から許可が出ないから」という返事だった。つまりテスト内容は、「業界のヒミツ」というわけだ。業者の利益擁護が最優先されているのかと愕然とした記憶がある。 - ■ 「日の丸・君が代」問題に揺れる現場
-
僕は現役教員時代、ずっと「日の丸・君が代」に反対してきた。それは、かつて日本の人々を侵略戦争に駆り出していった道具だったからだ。僕は、母親の戦争体験を聞き育った。僕が教師になった動機もそこにある。しかし、職員会議などでは管理職や同僚から、「それはあなたの個人的な意見だ」とよく言われた。公教育だから、個人的な意見は通らない。この壁は大きい。
いつしか、「日の丸・君が代」反対は、タブー視され、僕自身も徐々にトーンダウンしていった。そんなとき、同僚の音楽教員がこう言った。「僕は『君が代』を弾かないんじゃない。弾けないんだ」。 - ■ 競争原理が残る「習熟度別授業」
-
「習熟度別授業」。僕の記憶では当初は「チームティーチング(T・T)」と言っていた。それが、「少人数授業」と呼ばれ、現在は「習熟度別」授業となった。導入の趣旨は、「多くの教師の眼で子どもたちをみる」であった。この理由には親は反対しない。だから、あっというまに全国に広まったのだ。
やりかたは、例えば学年2クラスの場合、全体を3つのコースに分ける。分ける基準は、学習能力のレベルだ。この分け方が難しい。教育委員会は、「子どもたちの気持ちを考え、コースを希望制にするなど配慮をしてほしい」と言ってくる。親の反発を考えてのことだ。だから実態は「能力別」でも名前は「習熟度別」なのだ。 - ■ もの言えぬ「職員会議」のいま
-
職員会議について、巷で少し話題になり始めている。東京都立三鷹高校の土肥校長が、東京都教育委員会が出した「職員会議において『挙手』『採決』などの方法を用いて職員の意向を確認するような運営は不適切であり、行なわないこと」という通知(2006年4月13日、中村正彦教育長)に対して異論を唱えたことが大問題になっている。つまり、職員会議で異議が出たとき、結論は校長の判断に委ねることを、都教委はあえて「通知」という「強制力の発動」で徹底しようとしたのだ。土肥校長は、この「強制」に異議を唱え、現在都教委にこの問題に関する公開討論を呼びかけている。都教委は「内部の問題」ということでこの要求を拒否し続けている。


