高野麗さん

―全寮制の高校に通われていたそうですね。
 男女共学で海外からの留学生もいて、とにかくいろんな人のいる学校でした。
「自由」を重んじる校風で最初はそれにとてもとまどい翻弄されボロボロになりました。自由という一見甘い言葉に惑わされ、それに伴う責任の重さを痛感したからです。自らの意志で選択したことなのに、そのいわゆる“オトシマエ”がつけられなくて自分の甘さに気づき、また傷つきましたね。

―そこでは、どんなことを感じられましたか。
 既成の概念に捕らわれているなーといつも感じていましたね。いつのまにかこれはいけないこと、これはいいことという概念を植えつけられているんですよね。考えることなしにそれらの概念を受け入れている自分に納得いきませんでしたねー。たとえば、未成年はタバコを吸っちゃいけないという。だけど、どうしていけないの? って考えると、法律で決まっているから、体に悪いから……それで自分で納得できるならいいけど、納得できなかったら、誤解を恐れずに言うとどう悪いのか試してみればいいじゃないかと思うんです。
 「自由」ということにしたってきちんとその意味を考え苦労して体験してきた人にしか語れないんじゃないのかなぁ。「戦争」にしたってそこをくぐりぬけてきた人にしか本当の意味での「平和」は語れないのかもしれないですね。とにかく高校生のころは自分のセオリー、自分のルールをつくりあげるのにずいぶん痛い思いをした時代だったと思います。

―オーストラリアに留学する以前に米国に行っていたと聞きましたが?
 初めて行ったのは14歳のときです。語学力も皆無に等しかったのに、アメリカ人と文通で親しくなり図々しく2カ月も滞在させてもらいました。今から思うとホント無謀ですよね。だけどそれだけに言葉が話せたらいいなーと切実に思いましたね。この経験がバネになり後にオーストラリアに留学するという決断につながるわけです。でも言葉の大切さもさることながら言葉がよく伝わらないのにできた人と人との交流は今でも支えになっていて、そのころのアメリカ人の友だちとはいまだに手紙のやりとりをしています。

―子どものころ、あこがれていた職業はありましたか?
 昔から、私は何にでもなれるって思っていました。でも、最初に持った夢とかなりたかったものになれただろうかというと、私はなれてないんです。私の場合、最初から声優になりたくて声優を目指したわけではないんですね。
 ずいぶん挫折してますよ。ホントまちがいだらけの人生だと思います。でもまちがっちゃたり寄り道したおかげでできた友だちや経験が私の人生のうえでの宝物になっていることも事実なんですね。だからいいんじゃないのかな。夢は必ずかなうって信じるけど、その夢は変わっていっても……。「気が変わっちゃった」ってときにはアッケラカンと自分を許してあげることも大事だと思うんです。
(つづく)

高乃麗(たかのうらら)1961年千葉県生まれ。声優。
主な出演作品、『サクラ大戦シリーズ』マリア・タチバナ役、『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』鷹羽リョウ役、『爆転シュートベイブレード』火渡カイ役など。

2001年3月1日 不登校新聞掲載