多田元(愛知県)

 「不登校と父親」のテーマで自分と息子たちを語ろうとすると、独特なほろ苦さを伴う気分が胸の底からゆらゆらと湧きあがる。長男が中学1年の半ばから学校へ行かなくなってから22年、3年下の二男も中学1年で学校へ行かなくなって約19年が過ぎた。長男はいじめに苦しみ、二男は丸刈り強制や教師の体罰が横行する学校に呆れて「学校に行く暇がない」と家で漫画製作にとり組んでいた。長男は89年に弁護士を始めた親父の法律事務所のスタッフになり、98年の全国不登校新聞社創立後は名古屋支局の仕事もして10年になる。二男は漫画家を志し、不登校新聞創刊号から10年漫画「森の喫茶店」を連載している。息子らと過ごした歳月をふり返ると、学校へ行かないことに心配し、悩み、葛藤したあの苦しみはいったい何だったのか。
 長男は本紙「ひといき」欄の執筆を担当しているが、素直な文章でさらりとイミシン(意味深長)な表現をし、独自の世界をもっていることを感じさせられる。二男も漫画で独特のユーモラスな世界を展開している。息子らの不登校で葛藤していた当時の私には想像もできなかったことだ。
 このようなことは不登校を過ごした子どもを見守った多くの親が体験することだろう。まさに「心配しないで不登校」、「不登校はこわくない」だ。
 しかし、親の会の活動や相談活動を通じて見えてくるのは、子どもを受けとめようと苦闘する親の多数は母親で、その母親らが語る父親の姿は、学校に行けない子どものあり方を「弱さ」として否定し、ときには暴力も伴って叱咤激励したり、子どもの将来を悲観してかかわりを避けたり、子育ては母親の責任だと逃避する無力さが見える。そのような父親の態度の根底には企業社会の競争原理に飲み込まれた人間の不安があるように思われる。とくに社会福祉がひどく貧困なわが国は、障害者や高齢者など「弱き者」は切り捨て、置き去りにされるという不安を誰しも抱く。「弱さ」を認めあい、助けあい、支えあってともに生きられる、つながりある社会という信頼感は薄い。それゆえに競争原理の不安の落とし穴に飲み込まれやすい。それが学歴信仰やせめて人並みにと願う気持ちの裏に子育て不安が広がる状況を産み出している。
不安な父親の無力さは私にも他人事ではない。私も長男が不登校当時、精神的に弱いのだと思い込み、追い詰めて傷つけた過ちを犯した。そのころ、「登校拒否を考える集会」に参加し、会場で「自分らしさを失いたくないから学校に行かない」という子どもたちの発言を聴いて目からウロコが落ちる思いで自らの過ちに気づくことができ、長男に心から謝ったことがある。日本の学校は、国連子どもの権利委員会から高度に競争的だと批判された通り、子どもの尊厳を守る場にはなっていない。改正教育基本法のもと、荒廃はさらに進むだろう。不登校は子どもたちの尊厳をかけた静かなる闘いだと思う。息子たちから学んだことは多い。

2008年7月1日 Fonte掲載