糸井重里さん

――糸井さんの10代のころって?
 僕、学校は好きだった。学校が好きと言うよりは、行けば友だちがいるじゃない。いろんなタイプの友だちがいたんで、それ全部がおもしろかったんですよ。
 中2ぐらいから、下宿をしている友だちの家に集まって、だらだらしてましたね(笑)。出前取ったら、そこの下宿している子のお母さんに、「子どもが出前取るなんて生意気だ、食べに行きなさい」って言われた。あっ、そりゃそうだなって思って、時間もあるんだしさ。わざわざ持ってこさせる必要ないじゃない(笑)。そういうところは、わりに素直で、「そうだよな、俺たちが出前取るなんて生意気だよな」とか思ったりするような、ハンパな子でしたね(笑)。信念がないんだよな。勉強はできなかったけど、おもしろかったよ。

――ほぼ日刊イトイ新聞(以下、ほぼ日)を立ち上げたきっかけは?
 自分で好きなこと書いてられるってのは、こんな楽しいことかって思ったの。友だちとムダ話をしているのをずっと続けていられる感じ。メディアを自分で立ち上げちゃったわけだからね。でも、つまんないと読んでくれないし、まちがったことを言えば誰か怒るし、いいこと書けばそれがうつるからね。やっぱり、うつっちゃった人のメールを読んで、僕がじーっときたりして、励まされたりね。そういうことが起こるし、インターネットがあったのは大きかったけど、一番のきっかけは自分の場がほしかったのね。オレと同じことをお前らもできるぜ、って言えるしね。小さいサイズでもできること、ムダに大きくしたってしょうがないってところがある。そういうことがわかって、じゃあ、自分の幸せってなんだろって考えるのが、一番健康ですよね。

――つくっていくこと
 なんだろ、解き放ってしまう喜びみたいなのを、自分で感じる。それが流行ると次はマナーがほしくなる。自由どうしだと絶対ぶつかり合う。ケーキの分け合いみたいな感じが、しょっちゅうある。そのとき、ジャンケンにするのか、切った人が後で取るのか、今度はシステムを考えたくなる。そこで、知性というものが急に必要になる。
 両方が納得できるルールなんて、できるとはかぎらないけど、そこんところは人間が一番頭を使う場所なんじゃないの。やっていかないと矛盾も見えてこないし、自分がどうダメかも見えてこないし、いい部分も見えてこないし、もがきはじめちゃう。そんな感じでやっている。楽しいよね。やっぱり、くたびれるけど。

――表現について
 一番上品な生き方って、起きて、元気にご飯食べて、へらへら笑って、畑を耕して、酒飲んで、寝るんですよ。そういう人がある意味では僕の理想。ものをつくったり、書いたりして、こっちのほうがいいだろ、とかっていうのは、あんまり品のいい行為じゃない気がする。
 誰しも自分のなかにストレスがあったり、傷があったり、そこを埋めるために僕は表現していくことが得意だった。それでやってるんだったら、できるだけ人様に迷惑をかけずに、みんなが元気になるようにしたい。人の足を引っ張ったりするために、表現を使ったりしてないでしょ。やっぱり表現って武器だし、下品なことなんだし、そこでの身分はわきまえたほうがいいなっていう気持ちがある。

――学校について
 学校はつくられたものだよね。つくられたからあるものと、もともとあるものの区別をつけるといいんですよ。つまり、思春期になってからムラムラするのは、つくられたものじゃないよね。でもムラムラする人のためにつくられたお店は、誰かによってつくられたものだよね。
 たとえば、自然のなかには直線ってないんですよ。自然では、ぜんぶがバラッバラッの形のまま、自然として受けとめられている。ほとんど直線とか真円って人間がつくったもの。
 そうすると、どこまでがつくったもので、最初につくった奴がなんでつくったのかって考えられるよね。システムも目には見えないけど、なんであるんだろうとかさ。それによく考えたら、先祖をたどってけば、みんな一緒なんだよね。人間ならまだしも、石まで先祖が一緒だもんな。気が遠くなるよ。そうすると、どうでも良くなる。
 まっ、あんまり考えるとちょっと頭がおかしくなるからね。あのー、人生短いから、それだけやってると楽しくない。せっかく生きていく人生をどう使うか、配分だと思うんですよ。栄養バランスを考えて飯を食いましょうっていっても、計算していくうちに、おいしくなくなるじゃない。そんなときは幻想のなかに飛び込んでいって、泳げばいいんだよね。

――自殺について
  不登校とはまたちがう意味で、若い子たちに自殺とかあるでしょ。どう言っていいか、わかんないですよ。そこまで悩んでいることにあーせい、こーせいと言えることが何にもない。オレに何かできると思えない。しかも本人にさえわからないことってあると思う。もう、運だよね。交通事故に遭うのだって、ギリギリセーフもあるしさ。えひめ丸もさ、船は2次元で生きていたわけじゃない。それがいきなり、3次元になるわけだよ(笑)。まさかね、あんだけ広い海でさ。ふつうはないよね。冷たい言い方に聞こえるんだけど、まずはそれだよね。凝視していけば、さまざまな悲しいこと、恐いことあるけど、とんでもなさすぎるよね。あり得ないって前提で生きてるよね(笑)。そう考えると「人が考える限界を越えたこと」っていうのを認めようよ。しょうがないよ。なんでも、人間がやればできるって思いすぎているからつらいんだよね。

――いじめについて
 人間が一番いいオモチャなんですよね。いじめの何がおもしろいかって言ったら、いやがるってことも含めて、インパクトがある。だから、頭の悪い子だと暴力を使って、針でチクチクしてたら、腫れちゃったぞ、みたいな。それの延長で、コンクリートづめにしちゃったりね。虫をいじめるのと同じでね。人間は反応がいろいろだから、インパクトが絶えずある。バリエーションがあるからソフトとして、きっと一番おもしろいんでしょうね。
 そういう、冷たい見方をいったんした上で考えないと、伝わらない。今の話をしてから、いじめることの何がおもしろいんだって言わなきゃ。それでも、わかってもらえなかったら、次の話がはじまる。次の話にいかないものって、解決しない。今みたいに話していけば、最終的に「あんまり、カッコよくないよね」って話がある。頭のなか貧乏なヤツがやることだ、っていうのが結論ですよね。


――生まれてくるのに死ぬ、それって矛盾だと思うんですが?

 プロセスそのものなんだから、それは矛盾じゃない気がする。点と線で表すと、人と出会うところと別れるところが点、会っているあいだが線だとする。みんな、点しか見ない。会っているあいだの線がすべてじゃない。だから、点ってのは面積がなくて位置があるんだから、出会いってのは位置に過ぎない。
 よく友だちと「なんで出会ったんだっけ?」とわかんなくなる。いかに線で生きてきたかって思う。一緒に何かやってきたことが、何だったかって記録する必要もホントはない。楽しかったなとか、イヤだったなとか。プロセス、流れそのものがおもしろいんで、保存しておくために記憶しておかなくてもいい。あとで、年取ったときに点ってのが必要になったりすることもあるけど、あんまりいらない。犬とかってそうじゃないでしょ。

――不登校について
 不登校の子が、別に認めさせる必要はないんだけど、意地張って、何かつくるっていうのができると、おもしろいだろうなって思うの。
 すごくバカにされている人たちが、すごいものをつくっちゃうと、まわりの価値が全部壊れるじゃない。しれっと、内緒でやっちゃうぐらいの感覚で、急にある日、都庁みたいなビルが建っていたら、ビックリするじゃない。そんなような効果があると思うんだよ。
 不登校っていう広場が、凱旋門みたいになるね。オレは見栄っ張りだからそっちに行くんだよ。不登校新聞は、わりと線のなかでつくっているじゃない。それこそ、今度は点をつくる。それは見えない革命だよね。

――不登校がオアシスになっちゃうのはイヤですけどね。
 そうだよね。水飲み場じゃつまらない。ビル・ゲイツみたいに、前の時代の一番大きなもの、絶対的な常識に、勝てっこないと思わずに挑む。それで、勝っちゃえばいいんだよ。勝ち負けって、目的ではなくてもゲームとしては沸くよね。
 ようしやるぞ、みたいなのって楽しいじゃない。線の生き方としてね。そういう何かがあったら、また変わっていくと思うんですよ。

――最後に
 いま、ホストをやりたがる子がけっこういる。早い話、それは女の所に金が集まるから、それをパクればいい、っていう生き方だよね。それはそれでいいと思う。けど、それを目的にしない子たちが身の丈で、自分たちが何をできるかって言ったら、残念ながら、今のところ、努力することと勉強することだったりするんだよ。これ、シャクなんだけど。
 学校に行っている子は、今ある安定をすごくありがたいと思っているから、反抗にしかならない。反抗はつまらない。自分には何ができるだろうって、できることを一個ずつ、道つけていったり、また引き返したりする。何がどこまでできるのかっていうのを続けていく。暴走族のお兄さんが早く独り立ちするのも、これはこれでカワイイ。30歳になってやっとやることがわかったなっていうのもいい。オレは45歳だったから。

――どうもありがとうございました。(子ども編集会議・石井志昂)

糸井重里(いとい・しげさと)
1948年群馬県生まれ。法政大学文学部中退。75年TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞受賞。79年東京糸井重里事務所設立。’89年APE(エイプ)設立。広告コピーを手がけながら、ゲーム製作、作詞、文筆(詩・小説・エッセイ)などの創作活動を行っている。98年よりインターネットホームページ『ほぼ日刊イトイ新聞』(http://www.1101.com)開設。今年2月現在、1日のアクセス数30万件。

不登校新聞2001年3月15日・4月1日号 70号・71号掲載