
――弁護士になるきっかけから教えてください。
たぶん、幼稚園のころに不思議な体験をしたのが契機だったとは思うんです。あれは夕暮れどきで、私が一人で遊んでいると、急に頭のなかにピッと電気が走るみたいに「自分の気持ちはわかるけれども、ほかの人の気持ちはまったくわからない」って思ったんです。ときどき、あのときの体験が頭をよぎるんですが、これが原点ですね。もちろん、最初はそれがなんだったのかはよくわからないのですが、年齢が上がるとともに思いが言葉になって「みんな自分が大事にされたいと思っているし、私も幸せに暮らしたい。だったら、みんなが幸せになれるように、余力があるときは、すこしでも力を使いたい」という思いが固まっていきました。それで、中学生のころには弁護士になろう、と思ってたんです。
――弁護士なられたのはいつごろですか?
30代の終わりごろですかね。志が早かったわりには遅咲きで(笑)。
子どもが生まれてからしばらくして、自分の力を試してみたいな、と思ったんです。ただ時間はないので、子どもと夫が寝ているときや出かけたあとに勉強していました。家事や子育てはそこそこ手を抜いてね(笑)。
若いころは自由な分、時間をムダに使ってしまうもんなんです。だから、主婦になって時間に制約があるほうが、やりたいことを見つけるにはいいかもしれないですね。
子育てってけっこう大変でしょ。子どもと一日中向き合ってたらくたびれちゃう。自分の持てる力を100%、子どもに与え続けていると、充実感はあるけれども、その分、イライラもします。自分が尽くした分の見返りを求めようとするのが人間ですから。
◎意外と危険親子の関係
それに親子の関係って危険なんです。これは自分の親子関係を見ても、弁護士業を通してもそう思います。だから、ちょっとでいいから自分の時間を持って、子どもとの距離を置く。私の場合、時間的にはカツカツでしたけど、精神的にはよかったですね。しかも、子どもや夫に「いつも手を抜いてごめんね」っていう、謙虚な気持ちも忘れない(笑)。やっぱり、お母さんがハツラツとしていたら、家族にとってもプラスになりますよ。
――杉浦さんは、加害者と被害者が話し合う場を設けたさきがけですが、なぜこうしたことを?
本当の意味で、少年に反省を促すのは難しいため、弁護士は進学や就職を促して、将来に目を向けさせようというのが当時の流れでした。たしかに少年が混沌としている場合や複雑な背景がある場合、反省することは難しいです。しかし、私は直接、会うことで、おたがいが歩み寄り、反省にもつながるのでは、と思っていました。
両者が話し合ったケースで、印象に深かったのがバイクの窃盗事件です。加害少年とその母親、被害者の25歳男性と喫茶店で会いました。お母さんもまじめな方ですし、子どもも悪い子ではありません。それでも、親子ともに被害者に会うことを大変怖がっていました。すごく責められるんじゃないか、法外なお金を要求されるんじゃないか、と。でも、実際には円満な話し合いができたんです。帰りすがら、加害少年が「被害者の人、いい人だったね」って言うんですよ。被害者が悪い人なわけはないんです。でも、恨まれているんだろう、と思っていたら恐くなってしまった。その思いが、いつしか被害者は「恐い人」だとさえ思うようになっていたわけです。
――その後、より大きな事件でも?
傷害致死事件でも、実現しました。私が弁護したのは遺族であるお母さんでした。裁判官が理解を示したこともあり、裁判のなかでお母さんと加害少年が会うことができました。
お母さんは、直接会ったあと「ふつうの少年だった。モンスターみたいな少年だと思ってたけど……」と話してました。“許した”とは言いませんでしたが、ご家族によると、お母さんは「少年の悪口を言わなくなった」と。
◎人は憎めない
対面することによって、加害者も被害者のことを考えるし、被害者も加害少年に、人間として通じる部分を感じます。罪を犯した人だとはわかっていても、「人」自身は憎めないものなんです。直接会えば、それはなおさらです。ただ、会わなければ、罪も人もいっしょになってしまう。おたがいが人間どうしだとさえ思えない状態になってしまうんだと思います。
――両者が対面すること以外で、どのように反省を促すのですか?
過程が大事だと思うんです。たとえば私が会津若松母子切断事件を担当するとしたら、精神科医やカウンセラー、元少年院の職員などの方々とチームをつくってとり組みます。加害者の彼自身、おそらくいまも混沌としていると思います。きっと親を殺したかったわけでも、世間から奇異な目で見られたかったわけでもないでしょう。ただ、事件は起きてしまった。そこにはかならずいろんな要素が絡み合っています。それがなんだったのかを彼自身が探すことが必要です。絡まったものを解きほぐさず、すぐに反省を求めても、何も意味がありません。むしろ「結局、僕のことは誰も理解してくれない」と思ってしまうでしょう。あるいは、自分が傷ついてることすら気づけないほど、混沌としているかもしれません。
その彼と信頼関係を築くためにも、自分をうち明けることも大事です。
彼がどんな気持ちだったのか、心の奥のほうに眠っている子ども時代の気持ちを一生懸命に探し、その気持ちを真摯に伝える。反省をしてほしいと思うなら、自分を掘り起こして相手にぶつけることのくり返しです。そのなかで、彼が「ああ、僕はつらかったんだ」と共鳴してくれたら、そこから信頼しあって話を始めることができます。そういう過程こそが大事なんです。
――参議院選に社民党から出馬されますが?
もともと議員に立候補したいという気持ちはなかったんですが、社民党の福島みずほさんから何度もお電話をいただきました。私自身、みんなが幸せになるように力を使いたい、という思いは一貫しています。どうしても裁判というのは、事件・被害が起きてからの「後追い解決」ですし、個別のケースにしか対応できません。もちろん、個別に接することができるのは、弁護士冥利に尽きることです。ただ、政治の場というのは、事前に、しかも多くの人に影響を与えることができる場だと思っています。その意味では、いままでの方向性と変わらないとは思っています。
――杉浦さんの原動力はなんですか?
うーん……、それを言葉にするのは難しいですねぇ。やはり、小さいときに「自分は自分」と感じたことは、大きかったと思うんです。今後、さまざまな厳しい状況に置かれても、あの当時、感じたことを信じることができるでしょう。いま余力があるならば、なんとか力を使いたい、これが一番の根っこなんでしょうね。
――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)
2007年6月15日 Fonte掲載


