――安住さんも不登校だったそうですね。
そうなんですね。中学二年生のとき転校した学校で問題児扱いされ、校長室登校をさせられたりしていました。校長室で勉強を教わるのですが、ぜんぜんわかりませんし、給食も校長と二人で、校長室から出られないようカギもかけられました。他の子と私が接触しないようにという、いやがらせなんですね。
今考えると異常なことですが、学校の中では当然のことで、先生の権力に逆らっては、生きていけませんでした。
だけどそれも、一ヵ月ぐらいで音をあげました。学校はくだらないルールが生きている場所だと、つくづく思いました。それで中二の三学期から学校に行かなくなったんですね。
――親の対応は?
学校に行かなくなってからは、家にいるのがキツかったですね。家にいると、なぜ行かないのかと、もめるんですね。
だけど、私が学校に行かないということで、話し合う糸口になったんじゃないかと思います。それまでは親にもほとんど寄りつかなかったのが、不登校をきっかけに共通の基盤ができていった。親も、周囲の目が気にならなくなっていったように思います。それは母にとっても楽だったと後で言っていました。そこから、家族が機能し始めたように思います。
◎夜間中学校に
結局、学校のほうで私を受け入れられないので転校してほしいという話になったのですが、市内の中学校はまったく受け入れてくれませんでした。それで、三年生のとき特例で夜間中学に入りました。
夜間中学には、年令もさまざまで、昼間仕事をしている人とか、いろんな人がいて、フリースペース的な感じがありました。学校の意義があるとしたら、夜間中学のようなかたちが一番近いかなと思います。
学校という制度は別として、ある場所に人が集まって勉強するなり、おしゃべりする場所は必要だと思います。
その後、定時制高校に入ったのですが、一学期だけで行かなくなりました。
◎自分の好きなことを
――学校を辞めた後は?
学校を辞めてからはバイトをしたり、雑誌で書いたりし始めました。本を出したのは一八歳のときで、それからはライターをして細々とやっています。
――不安や悩みはありませんでしたか。
ありましたね。ヒロイックに、そのうち歌舞伎町でのたれ死ぬんじゃないかなんて思っていました。
でも、学校に行かないでもいろんな生き方をしている人に出会うなかで、学歴がなくても、なんとか生きていけるんだなと、明るい発想が生まれました。
お金になることとは関係なく、自分はこれが好きで一生懸命やっているという確信があるといいと思います。自分が好きなことがない、何もすることがないというのはつらいですよね。
私もしばらくは、学校を辞めたこと自体に興奮していて、どう生きていくのかなんて考えていませんでした。だけど学校という「敵」がなくなると、そこを考えざるを得ない。
何かに帰属したいという気持ちもありましたけど、私は勉強は好きじゃないという自信があったんですね。学校よりも、今自分がやりたいことを定めないと安定できないという気持ちがありました。
その一方で、気負わないで私の道を極めることは大事だなと思いました。今思っていることが明日変わってもいいじゃないか、誰しも一貫したいという思いはあるけれども、私の場合、一貫性がないことが一貫性だ!みたいに思って(笑)。そう考えたら、ほんとに楽になりました。
自信があるわけじゃないけど、とりあえず書くことが好きだし、今は書いていこうと考えています。私と同じように話を聞いてもらえないし、自分の気持ちを言えない子どもに読んでもらえるようなものを書いていきたいと考えています。
◎できないこともセンス
学校の怖いところは、それが世界のすべてで、それ以外に世界があることを誰も教えてくれないことですよね。子ども自身、そこから外れてしまうと、どこにも行くところがないと思ってしまう。そうなると、学校に行かないことがギリギリの選択になってしまう。
――学校の勉強をしていないことを負い目にしてしまう場合が多いですが。
学校の勉強ができることも一つのセンスですが、できないこともセンスですよね。向き不向きの問題で、学校の勉強ができないのは恥ずかしくないですよ。私なんて最近では足し算も危うくなっています(笑)。学校に行かないなら、その個性を大事に生きていけばいいんだと思います。単純な話、好きなことはがんばれるけど、好きじゃないことはがんばれない。
劣等感も悪くはないと思います。劣等感のない人なんていないだろうし、そういう自分と付きあっていくしかないですよね。
◎子どもが生まれて
――親になってみてどうですか?
現在、三歳と〇歳の子どもがいます。子どもが生まれて、私はまったく変わりましたね。今までは子どもの立場として発言してきたものが、立脚点が変わってきました。親はこうだったんじゃないかということと、実際に親になってみることとは、やっぱり、ちがいますよね。
私は母親を亡くしているのですが、子どもとの関わりがわからなくなって困るときもあります。でも、そういう私が子どもたちと生活していくのは変えられない事実ですし、そのことを子どもたちがどう受けとめていくかだと思います。
――文部省が家庭教育や幼児教育について、さかんに言っていますが、どう思われますか。
こう育てたから子どもはこうなる、というような意見ほど乱暴なものはないと思います。まがりなりにも子どもと生活していたら、そんな言い方は怖くてできないと思います。私だって、親の育て方が悪かったからこうなったわけではなくて、親には「育ては悪くなかったんだけど、育ちが悪かったんだよね」って言ってるんですね(笑)。
育ちと育ては全然別で、何をもって逸脱とか失敗というのかは、人の見方によってちがうし、社会的な背景も関わってきますよね。子どもと暮らしていると、そういうことがプリミティブな形で見えてきます。
子どもと生きるのは、生活そのものを動かしていくことだし、社会と隔絶して生きているのではないので、今は家庭の中で収まっていることが、収まらなくなることもあるだろうと思います。だけど、私なりに子どもと育っていけたらなと思っています。
――お忙しいところ、ありがとうございました。
(聞き手:奥地圭子)
安住磨奈(あずみ・まな)1970年北海道生まれ。作家。
1998年4月15日 不登校新聞掲載


