1998年、本紙創刊間もなくのころ、元児童精神科医・渡辺位さんへインタビューをした。その内容を掲載する。
――児童精神科医になった理由から教えてください。
学生のとき、小児科に興味をもち、子どもにもかかわりたいと思いました。国府台病院(千葉県)でインターンをしたら、児童精神医療の部門があったので、そこに進みました。精神医療に進んだのは、血を見たくないという理由もありました(笑)。
インターンを1年やって、それから1952年から1991年までの約40年間、国府台病院にいました。インターンのとき、当時の院長から「下医は病を医する。中医は人を医する。上医は世を医する」というドイツの格言をひいて、「みなさんは中医たれ」と聞かされました。
まさにその通りだと思いましたね。下医は現象にとらわれる。病気しか見えない。上医は、世を医するというのだから政治の仕事。医者として世の中にどう関わるのか、よく考えてみると、医者は、病気ではなく人を医さなければならない、と思いましたから。
――登校拒否をどう思われていましたか?
はじめ、学校に行けないのはすべて病的なんだと思っていた時期がありました。ですから、学校にもどすことが治すことだと思っていましたし、病院のなかの院内学級(1965年創設)に通わせ、そこから学校につなげようともしていました。
「人を医する」と言いながら、病気だけを診るような習慣がついてしまっていたんですね。病気の現象を見て、人を見ていない。これは現代医学の大きな問題です。登校拒否という状態のなかには自己防衛的危機回避反応による場合も少なくはありません。当人が承知していようがいまいが、それはいのちの営みとして個体の存在を守るために自然に起こる反応です。腐ったものを食べれば下痢をするようなもの。それを病気、つまり異常な状態だと思ってしまった。正常な状態で生きているからこそ、症状が出るのですからね。登校拒否とはそういうことかと、あらためて気づかされました。
◎ 家族とは母港のようなもの
――家族のあり方については、どうお考えですか?
「家族は母港のようなものだ」と言ったことがあります。漁船が荒波のなかで仕事ができるのは、母港あってのことです。港へ戻れば油の補給や修理、船員の休息ができます。母港は漁船や乗組員にとって、本当に信頼できる安らぎの場、癒しの場でなくてはなりません。
船にとっての母港のように、子どもにとっての家庭も、理屈や建前で考えるのではなく、親から保護される安らぎの場でなくては、と思うんです。残念ながら、この関係が最近、崩れつつあります。それは子どもの育ちにとって、とても重要なことなので、一人ひとりの大人が真剣に考えなくてはならないことだと思います。
◎ 現象や言葉にとらわれず
――具体的には?
たとえば、子どもが「人を信じられない」とか「人の目が怖い」ということがありますね。その「人」とは、いったい誰を指すのでしょうか。あたかも他人を「人」と言っているように思いますが、「人」といったら当人も入るわけです。つまり「人を信じられない」ということは自分自身も信じられない、と。子どもが自分の存在そのものに対して否定的になっていると考えられるわけです。それは、子ども自身の自己評価を低くさせるような価値基準を持った親や周囲の大人が、子どもをあおり立てているからなんです。だから、大人は自分自身を見つめる必要があるんです。
同じようなことは家庭内暴力にも言えます。「窮鼠猫を噛む」という言葉がありますね。追いつめられたネズミは猫にも攻撃を加える、という意味です。家庭内暴力は、その状態に近いわけです。本人は「僕のこと信じて」とか「安心できる家庭がない」みたいなことを訴え、そういう意味でのサインを発しているのに、誰もその気持ちに気がつかず、むしろ表面的な行動や状態にだけ目を向けて批判したり、なじったりして、その不安をあおる側に立ってしまう。そうすると子どもはとてもつらいですよね。本当は助けを求めたいんだけど、それが通じずに、助けを求めたいという気持ちは逆転して絶望的になってしまう。
自暴自棄という言葉もあるでしょう。「もうどうでもいいや」と。そういう気持ちになって暴れるのは、ある意味では自分を棄てる、自分なんかいらない、殺してやろう、ということだと思います。よく不登校状態になった子は「消えたい」と言ったり、「生まれてこなければよかった」と言ったりしますが、自分の存在がすごく疎ましいんです。親に殺されたほうが満足だということではないんですが、それに近い気持ちもあると思います。最近、親が自分の考え方や気持ちは大切にするけど、子どもの言い分や気持ちに真剣にならなくなったように感じますね。
――子どもの現状については、どうお考えですか?
子どもたちが自分の存在、つまり、自分が生きているという現実を尊重しにくくなって、ついには自分自身を否定するというような状況になってしまうだろうということは、1980年代初頭の第一次校内暴力があったころから感じていました。
子どもたちを警察の力によって校内暴力を押さえつけたわけです。これでは、子どもの気持ちは抑えつけられ、やがては神経症的になっていくだろう、と。だから、校内暴力、いじめ、非行というような、表面では「反社会的」などと言われるようなあり方よりも、はっきりとした神経症的といえる子どもが増えていくのではないかと思っていました。
――それに対して、文部省は「心の教育が必要」だと言っていますが。
心をどうとらえるかですよね。「心の教育」といったとき、それは非常に狭い範囲の精神活動、知識、常識、道徳といったものをコントロールするものとしての心を指しているのではないですか。
以前、『不登校のこころ』(1992年・教育史料出版会)という本を書きましたが、その場合の心とは、たんに、不登校の心理学とか、その治療論などといった、狭いものじゃない。もっと、その人の存在の根元的なもので、人が作為的にコントロールできる対象ではなく、ましてや理屈や常識などの枠で規制できるものでもありません。心とは、まるごと受けとめ、尊重するしかないようなものを指したつもりでした。
◎ 不登校によって出会えたこと
――登校拒否は「文化の森の入口」だとおっしゃっていますが、その意味は?
私は不登校という状態に出会ったおかげで、ものの考え方を変えられました。それまでは、一つの型にはまった、いわば常識的な尺度や枠組み的な考え方で決めつけていた。それが、そんな尺度や枠組みではなく、自分と相手の関係のなかでものを考えたり、感じたりできるようになった。つまり、そのときどきに新しい感じ方、考え方が産み出されるようになったんです。言い換えれば、人間のありよう、生き方、存在のしかたに一貫して流れるものに出会うことができたおかげで、ほかの事物についても新しい目が開かれたように思えます。
「登校拒否は文化の森の入り口」というのは、新しい価値の発見、想像のきっかけになるということです。それをきっかけに、人間のありようだけでなく、さまざまな現象についても、見えてくる。文化は精神活動によって創り出されるもので、新しい価値を創出することで、人間の営みを充実、向上させるという意味を持つものですよね。その点、人が自然に手を加えることでつくり出される文明とは、少し意味がちがう。
その点からすると、学校は文化的施設というより、文明の利器かな。子どもに対して社会とか組織とかを中心にして操作加工する。少なくとも、いま行なわれている学校教育はそうですよね。
――そこに気づく人が増えると、きっと世の中が変わりますね。
いま、この社会に一番求められているのはそこでしょう。リストラとよく言うけれども、価値観のリストラ=事物への基本的な考え方の再構成がなければいけない。それは、子育てにかぎらず、教育、政治、経済など、社会におけるすべてに。
そして、本当は精神医学こそ文化の森の入口でなければいけないんです。人間を身体面と精神面の両方から見ることのできる分野の学問ですからね。ですから精神医療は、あくまでもそれを利用する人自身のものでなくては、と思います。ややもすると、現象や理論、枠組みなどにとらわれて、人、とくに心を見失った「精神医療」が行なわれることがあるのは、困ったことだと思います。
――ありがとうございました。(聞き手・奥地圭子)
※1998年8月15日 不登校新聞掲載


